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世界最古の国『日本』

神社仏閣 旅行 グルメ 日本神話 歴史 都市伝説にまつわる事を書いています。是非ご覧ください。

灌仏会(かんぶつえ)

先日、4月8日は『仏陀ブッダ)』の誕生を祝う『灌仏会(かんぶつえ)』の日でした。

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(上図は「奈良県」の『東大寺』から引用。)

 

 

 

 

通年では、「花まつり」や「お稚児行列」が行われて、こどもたちは華やかな平安衣装をまとい、市内を周り、それをおとなたちは見守りながら支えると言う風習ですが、今年はほとんどの場所で中止になっています。

 

 

 

 

 

 

そんな中で『日本』で『仏教』を広めた人物の没後、1400年遠忌の法要が『法隆寺』で行われました。

 

 

 

 

 

 

さらに、これに関連するさまざまなイベントが今年は行われ、たくさんの『国宝』などが展示される予定になっていますが、「コロナ対策」をしっかりとした上で、拝見したいものです。

 

 

 

 

 

と、この『日本』に『仏教』を広めて没後1400年の人物、もうお分かりですよね。

 

 

 

 

 

 

そうです。

 

 

 

 

 

聖徳太子

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またの名を、『厩戸王(うまやどおう)』。

 

 

 

 

 

第33代『推古天皇』を『摂政』として補佐し、『冠位十二階』や『十七条憲法』などを制定し、『天皇』を中心とした中央集権国家体制の確立を行った人物です。

 

 

 

 

 

 

 

ここで、不思議なことにお気づきでは無いでしょうか?

 

 

 

 

 

聖徳太子』の別名の『厩戸王(うまやどおう)』。

 

 

 

 

 

 

「うまやど」といえば、『イエス・キリスト』が馬小屋で産まれたというのは、有名ですね。

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実は、『仏陀ブッダ)』も馬小屋に産まれたという伝説があるのです。

 

 

 

 

 

 

 

そして、『聖徳太子』の母親も馬小屋の前で産気づき、産まれたので『厩戸王』という名がつけられたというのです。

 

 

 

 

 

 

さらに、『聖徳太子』が生まれた593年は「午年」になります。

 

 

 

 

 

 

 

キリスト教』と『仏教』そして『仏教』を『日本』で広めた『聖徳太子』がここで繋がるのです。

 

 

 

 

 

 

聖徳太子』は第33代『推古天皇』の『摂政』です。

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この「33」という数字。

 

 

 

 

 

 

あの世界最古の秘密結社『フリーメイソン』の最上位のランクは「33」。

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そして、『聖徳太子』の命日。

 

 

 

 

 

 

それが、4月8日。

 

 

 

 

 

 

仏陀』が生まれた日、『灌仏会』の日なんです。

 

 

 

 

 

 

 

これは偶然なのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

ちなみに、『聖徳太子』が生まれた日は、2月7日になります。

 

 

 

 

 

 

そして、余談ですが1952年のこの日に「埼玉県入間市金子町」である事件が起きます。

 

 

 

 

 

それが、『埼玉県金子村B29墜落事故』。

 

 

 

 

 

この事件は「朝鮮戦争」真っ只中、「東京都」にある『米軍基地 横田基地』から爆弾をつんだB29が「埼玉県入間市金子町」で墜落・爆発し、村人4名・乗員13名が死亡した事件です。

 

 

 

 

 

 

 

乗員13名の「13」という数字。

 

 

 

 

 

 

これは、『キリスト教圏』では、不吉な数字となっています。

 

 

 

 

 

例えば、「13日の金曜日」とか死刑囚がのぼる階段が13段あるとか。

 

 

 

 

 

 

そして、『フリーメイソン』ではこの「13」という数字は『聖数』となっています。

 

 

 

 

 

 

また、1952年を『昭和』に直すと『昭和27年』。

 

 

 

 

 

これも偶然なのでしょうか。

 

 

 

 

 

『昭和27年2月7日』。

 

 

 

 

 

2+7+2+7=18。

 

 

 

 

 

 

悪魔の数字「6・6・6」。

 

 

 

 

 

6+6+6=18。

 

 

 

 

 

 

話は戻しますが、『仏陀』が入滅から56億7千万年後に世界を救う救世主、『弥勒菩薩』が現れるといわれています。

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(上記は『国宝 木造弥勒菩薩半跏像』を引用。)

 

 

 

 

 

 

この『弥勒菩薩』が安置されているのは『聖徳太子』が建立した「京都府右京区太秦」にある『広隆寺』です。

 

 

 

 

 

 

そして、この寺院は「秦氏の氏寺」ともなっており、「秦氏」は渡来系の民族あり、『聖徳太子』とともに『天皇家』を支え活躍した人物、『秦河勝』などを輩出しています。

 

 

 

 

 

 

秦氏」とは「中国」で初めて『皇帝』となった『秦の始皇帝』の末裔になります。

 

 

 

 

 

 

また、『始皇帝』は馬を使った戦術で「中国」を統一しました。

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そして、『皇帝』となった前247年は「午年」なんです。

 

 

 

 

 

ここでも繋がってきましたね。

 

 

 

 

 

さらに、『仏陀』が入滅後、56億7千万年後に『弥勒菩薩』が救世主と現れるという話。

 

 

 

 

 

 

 

56億7千万年後→「5・6・7」→「コロナ」。

 

 

 

 

 

そして、5+6+7=18。

 

 

 

 

 

さらに、『弥勒菩薩』の「ミロク」は数字にすると「3・6・9」。

 

 

 

 

 

これを足すをやはり「18」になります。

 

 

 

 

 

「ミロク」→3つの6で「6・6・6」。

 

 

 

 

 

 

 

これも偶然なんでしょうか?

 

 

 

 

 

 

聖徳太子』の死後、「平安時代」に『仏教』をさらに『日本』で広めた人物、『最澄』と『空海』がいます。

 

 

 

 

 

 

彼らは『遣唐使』として、現在の「中国」に渡り最新の文化や技術・宗教を教わりに行った人物たちです。

 

 

 

 

 

そして、これはもともと『遣隋使』として『聖徳太子』が始めた事業です。

 

 

 

 

 

 

この時、『最澄』と『空海』が持ち帰ってきたのが『密教』。

 

 

 

 

 

密教』とは「秘密の宗教」と言う意味です。

 

 

 

 

 

 

では、その「秘密の宗教」とは何か?

 

 

 

 

 

 

それが『景教』です。

 

 

 

 

 

 

景教』とは、『キリスト教』を「中国」での呼び方。

 

 

 

 

 

 

それを『日本』に持ち帰ったのです。

 

 

 

 

 

 

 

世界で最も発行部数がある本と一緒に。

 

 

 

 

 

 

その本というが…。

 

 

 

 

 

 

『聖書』。

 

 

 

 

 

 

 

『聖書』は『キリスト』が産まれる前の『旧約聖書』と産まれた後の『新約聖書』があります。

 

 

 

 

 

 

これを『最澄』と『空海』が2人で『日本人』にも分かりやすい解釈で広めていったのです。

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最澄』は『旧約聖書』を、『空海』は『新約聖書』を。

 

 

 

 

 

 

 

最澄』の『天台宗』を基本としている現在の『日本の仏教』の開祖は、ほぼここで修行をしています。

 

 

 

 

 

 

むしろ、『天台宗』で直接的に修行していないのは『時宗』の開祖『一遍』だけなのです。

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ただ、間接的には『天台宗』と関係があるので全てがここに繋がっているんですね。

 

 

 

 

 

 

旧約聖書』に…。

 

 

 

 

 

 

逆に『新約聖書』を元にした『空海』の『真言宗』。

 

 

 

 

 

 

どちらかと言うと、そのような派生は無く1200年もの間、独自の宗教解釈で庶民に親しまれてきましたよね。

 

 

 

 

 

京都府にある『東寺』とか。

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『東寺』は『空海』が民衆のために建立した「寺院」であり、「明治維新」前の「戊辰戦争」の始まり、『鳥羽・伏見の戦い』の際にその状況を伺うために、指揮官である「西郷隆盛」がわざわざ最上階に登り、その状況を見ていたほどの高い場所です。

 

 

 

 

 

 

それだけ、『京の都』に住む民衆は『朝廷=天皇家』を愛し、誇りに思っており、その時代の流れが伺えますね。

 

 

 

 

 

「徳川よりも朝廷だ!」と。

 

 

 

 

 

 

そして、『空海』は『聖徳太子』の生まれ変わりとも言われています。

 

 

 

 

 

 

さらに『空海』は『日本各地』を周り様々な逸話を残していますが、その際に光輪が現れていたといいます。

 

 

 

 

 

そこから『空海』=『大日如来』=『天照大御神』と言われています。

 

 

 

 

 

 

 

 

空海』=『聖徳太子』=『キリスト』…。

 

 

 

 

 

 

天照大御神』は『天皇家』の皇祖神です。

 

 

 

 

 

そして、『天照大御神』など『日本の神』を祀るが『神社』。

 

 

 

 

 

 

 

『神社』を英語にすると『Shrine』。

 

 

 

 

 

 

真ん中の「R」を抜くと「Shine=光輝く」となりますよね。

 

 

 

 

 

 

 

そして、この「R」をアルフェベットの順にすると、それは「18」番目になります。

 

 

 

 

 

これも、偶然なんでしょうか?

 

 

 

 

 

ここまで偶然が続くともはや必然としか思えませんね。

 

 

 

 

 

 

『仏教』・『キリスト教』・『日本の仏教』・そして『フリーメイソン』・『13』・『18』『33』。

 

 

 

 

 

 

もしかしたら、全ては裏でら繋がっているかもしれませんね。

 

 

 

 

 

都市伝説としては…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うなぎ

すこしずつ暖かくなってきており、外に出る機会も増えつつある季節となりました。

 

 

 

 

 

「3密」を避けながら季節を感じることをしたいですよね。

 

 

 

 

 

 

そして『入学式』や『入社式』などで新生活が始まった方も多いとおもいます。

 

 

 

 

 

 

そんな祝い事の席で『日本人』にとって不動の人気を誇る食べ物のひとつ「うなぎ」。

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もしかしたら、今後食べられなくなるかもというニュースがあったのをご存知ですか?

 

 

 

 

 

 

環境省』や『国際自然保護連合(IUNC)』で2014年から『絶滅危惧種』に指定されてしまった「うなぎ」。

 

 

 

 

 

 

いままで以上に、価格が高騰してしまう可能性があるんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

現に、「長野県」の「天然うなぎ」はすでに絶滅してしまったようですので、今後の動向が気になるところですよね。

 

 

 

 

 

 

 

そんな『日本人』が愛してやまない「うなぎ」ですが、現在のような甘辛い味付けの「蒲焼き」になったのは「江戸時代」からでした。

 

 

 

 

 

 

ただ、その歴史は古くすでに「縄文時代」の遺跡からも食用としての「うなぎ」の骨が出土されていることからも分かるように、『日本人』にとって古代から欠かせない食材のひとつでした。

 

 

 

 

 

 

また、文献でも「奈良時代」に作成された現存する最古の和歌集である『万葉集』にも、夏バテ防止のために食べていた習慣があったと記載されているほどです。

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(『国立国会図書館蔵』から引用。)

 

 

 

 

 

 

 

さて、そんな「うなぎ」ですが関東と関西では捌き方や調理法での違いがあります。

 

 

 

 

 

 

関東では、背中の方から捌く「背開き」で蒸した後に竹串を刺して、焼きます。

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はじめに蒸しあげることによって、余計な脂も落ち、身も柔らかくふっくらとしたのが特徴的です。

 

 

 

 

 

逆に関西では、腹から捌く「腹開き」で金串を刺し、時間を掛けて直接焼きます。

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ゆっくり時間を掛けて焼くことによって、パリッとした食感になるのが特徴的なんですね。

 

 

 

 

 

 

この捌き方、一説には関東は武士の社会で「腹開き」は切腹を連想させてしまう文化と、関西は商人の社会なので、「腹を割って話し合う(交渉)」と言うことから、両者の捌き方に違いが出てきたそうです。

 

 

 

 

 

 

また、関東は一度蒸している状態なので、さっと火を通すだけと言うことで竹串を使い、関西ははじめから直接火を通し長い間焼いているので、炭で焼け落ちない金串を使うようになりました。

 

 

 

 

 

 

 

それぞれの文化が現在まで生き続いているのは、職人たちの伝承がしっかりと受け継いでられているからだったんですね。

 

 

 

 

 

 

また関東、特に「江戸」では単身で働きに出て来ている人が多く、職種も大工などの力仕事が多かった「江戸っ子」たち。

 

 

 

 

 

日中は汗を大量にかいているので、甘辛く栄養素も多い「うなぎ」は最適なファストフードでした。

 

 

 

 

 

 

 

仕事終わりに汗を流しに銭湯へ行き、そのあと軽く一杯飲んで、つまみに「蒲焼き」を一串、そのあとに小腹が空いたら「蕎麦」を啜って家に帰る。

 

 

 

 

 

 

何かまさに「江戸っ子」の日常風景だなぁと感じてしまいます。

 

 

 

 

 

さらに、一度蒸した状態なのですでに火が入っていることによって、注文が入ってから軽く炙る程度だったので、防災対策もバッチリです。

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「江戸」の町では「蕎麦」と肩を並べるくらい人気だったそうですよ。

 

 

 

 

 

 

 

そして、もうひとつ疑問に感じていたことがありました。

 

 

 

 

 

それは、なぜ『神社仏閣』の近く、いわゆる門前通りに「蕎麦屋」や「鰻屋」、「甘味処」が多いのか。

 

 

 

 

 

 

 

例えば、『浅草寺』や『成田山 新勝寺』。

 

 

 

 

 

そして『日本最古の一光三尊阿弥陀如来』が安置されている『善光寺』や、『三種の神器』のひとつ、『草薙の剣』を主祭神としている『熱田神宮』。

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(上記は名古屋市にある『熱田神宮』)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その答えは川や湖など、淡水の水がある場所だったからです。

 

 

 

 

 

 

浅草寺』は隅田川、『新勝寺』は『日本三大河川』のひとつである利根川や、琵琶湖の次に広さを誇る、霞ヶ浦が近くにあります。

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善光寺』にはもうひとつの『日本三大河川』である千曲川が、『熱田神宮』には木曽三川があります。

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世界でも豊富で安全な水飲め、非常に珍しく貴重な我が国『日本』。

 

 

 

 

 

 

水と食、強いてはその生活自体が受け継げられている結果なんですね。

 

 

 

 

 

 

「うなぎ」と言う食文化と『神社仏閣』を通して。

 

 

 

 

 

そして、もうひとつは「江戸時代」はいまのように簡単に旅行に行けなかった時代です。

 

 

 

 

 

車も無いので、交通手段としては徒歩。

 

 

 

 

さらに、各藩(現在で言う各「都道府県」)を通るには通行証が必要です。

 

 

 

 

 

そりゃあ、どっかの藩がいきなり謀反を起こしてすんなりと「江戸の町」に入れるわけにはいきませんからね。

 

 

 

 

 

 

そんな大変な思いをして参拝をしに行った当時の民衆は、その目的地に着き、「うなぎ」を食べて栄養補給を、「蕎麦」など軽くて塩分も取れるものを、そして疲れた時には甘いものを食べたくなるのは当たり前です。

 

 

 

 

 

 

商売人もそんな人の集まる場所で店を開けるのは必然的。

 

 

 

 

 

 

だから、『神社仏閣』の門前通りには「蕎麦屋」や「鰻屋」・「甘味処」が多いんですね。

 

 

 

 

 

 

 

これも生活に合わせた伝統的なものだったんです。

 

 

 

 

 

個人的には旅行となると『神社仏閣』を参拝するのがメインで、食べ歩きなどには全く興味がありませんでした。

 

 

 

 

 

おかげで妻に私と歩いているより、私の父や子どもたちと歩いている方が色々楽しめると言われるほどです。

 

 

 

 

 

 

これからは、その食べ歩きをしながら門前通りなどにも目を歴史を感じていきたいですね。

 

 

 

 

 

 

 

最後に、余談ですが『レオナルド・ダ・ヴィンチ』が描いた『最後の晩餐』と言う作品。

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この作品は『イエス・キリスト』が磔になる前日に13使徒ともに最後に「食事」をして過ごした光景を描いています。

 

 

 

 

 

 

この作品にはさまざまな都市伝説が存在しますが、実は最近の研究の結果、テーブルに並んでいる料理の中に、「うなぎ」を使った料理があることが判明しました。

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この作品にはある『メッセージ』が、隠されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、これを描いた『レオナルド・ダ・ヴィンチ』は世界最古の秘密結果『フリーメイソン』の総長を務めていました。

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そして、その前身である『テンプル騎士団』のほとんどの総長もある文字が名前に刻まれています。

 

 

 

 

 

その文字とは…。

 

 

 

 

 

『D』

 

 

 

 

 

そして、これを受け継ぐ者のことを。

 

 

 

 

 

 

『Dの意思』

 

 

 

 

 

と呼びます。

 

 

 

 

 

 

そして、「テンプル」とは『日本語』で『寺院』。

 

 

 

 

また、『神社』は英語で「Shrine 」。

 

 

 

 

 

同じような発音で「Shine 」がありますよね。

 

 

 

 

 

意味は「輝く」。

 

 

 

 

何か、『天照大御神アマテラスオオミカミ)』を彷彿とさせますよね。

 

 

 

 

 

 

天皇家』の皇祖神である…。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな、世界で最も有名な作品のひとつでもある『最後の晩餐』にも登場し、『日本人』が愛してやまない「うなぎ」。

 

 

 

 

 

 

これからも安定して食べて行くためには、何をしなければいけないかを考えさせる魚ですよね。

 

 

 

 

 

 

せめて、無駄な食べ方はしないように。

 

 

 

 

 

「お残しは許しまへんでえー!」

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 ↓

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新年度

4月1日から「新年度」を迎え、新たな出会いや新しい場所で希望や不安が重なっている方も多いと思います。

 

 

 

 

 

特に、今年の「新年度」は新型コロナウイルスを丸々1年以上経験した、新しいかたちの「新年度」になっていると思います。

 

 

 

 

 

 

でも、4月に「新年度」を迎えるという『日本』は世界的に見ても、なかなか珍しいんです。

 

 

 

 

 

『イギリス』や『アメリカ』ではほとんどが9月スタートが一般的です。

 

 

 

 

 

 

 

では、なぜこのような違いになったのか。

 

 

 

 

 

 

それは、その国その国の生活スタイルに由来しています。

 

 

 

 

 

例えば、『ヨーロッパ』は寒冷地が多く、陸続きであるために、寒さに強い「小麦」が主食となっています。

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また、大陸続きであるために古代から動物を狩って肉を食べるという、いわゆる「狩猟民族」でした。

 

 

 

 

 

 

どこに行っても動物がいて、狩りさえすれば食べられるます。

 

 

 

 

 

 

そして主食である「小麦」は、寒さ・乾燥にも強い植物です。

 

 

 

 

 

だから、秋に種まきをし、5月〜6月までの初夏が収穫時期を迎えるのがほとんどなんです。

 

 

 

 

 

 

 

また、牧畜では夏のうちに草を刈って干し草にしなければいけません。

 

 

 

 

 

 

 

寒冷地や乾燥地では、夏は青々とした草が生えますが、冬になったらその草も無くなってしまい、牧畜が食べるエサが無くってしまいます。

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そうなると、ヒトが食べるものも無くなってしまいますもんね。

 

 

 

 

 

特に肉や乳といったタンパク源が無くなってしまうと、厳しい冬の気候では耐えていくことが出来ない。

 

 

 

 

 

だから、夏の時期に草を刈り、来たる冬にそなえて牧畜のエサとなる干し草を確保しとく必要があったんです。

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現代のように農作業用の道具が発達していなかった時代、農家はそのシーズンになると、こどもたちを含めて親族など総出で、この仕事に励んでいました。

 

 

 

 

 

 

そして、ちょうどこの仕事が一段落終えた時期である9月にこどもたちの「新年度」を迎えるのにちょうど良かったんです。

 

 

 

 

 

こどもたちに勉強をさせてあげたい「親心」とライフスタイルを合わせた『ヨーロッパ』などを含めた大陸独自の文化だったんですね。

 

 

 

 

 

 

 

逆に我が国『日本』は島国で、「江戸時代」は肉を食べることを禁じており、さらには税金(年貢)は「米」で納めていました。

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明治になってからも多くはまだ第一産業の農業が大半を占めており、「米」をお金に換金して、税金を納めていました。

 

 

 

 

 

「米」をお金に換える作業は大変な上に、量も多い分時間もかかります。

 

 

 

 

 

 

さらに、田植えの時期は5月〜6月にかけて行い9月〜10月に収穫時期になります。

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この時期はやはり人手不足となるために、こどもたちを含め、親族総出で作業をしなければいけないので、ちょうど空いている4月にやるようになったんです。

 

 

 

 

 

 

 

これも『日本』のライフスタイルに合わせた独自の文化だったんですね。

 

 

 

 

 

 

『日本』はちょうど桜の時期にもなり、気持ちも良い時期になります。

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気分も一新して、その年を良い年にしたいですね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『首都圏』では「桜」も見頃となり、「緊急事態宣言」も解除したことからお花見を楽しんでいる方も多いのではないでしょうか。

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今年もほとんどの自治体で規制をしたり、「桜祭り」自体が中止になったりと少し寂しいですよね。

 

 

 

 

 

 

というのも、『日本人』が「桜」を鑑賞しながら酒を飲んだり、食事をするというのは、「平安時代」から続いているものなんです。

 

 

 

 

 

 

だから、我々『日本人』は遺伝子レベルで「桜」が好きなんですね!

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また、「桜」の匂いにはリラックス効果や交感神経を刺激して興奮を促す作用があるんです。

 

 

 

 

 

だから、「桜並木」を散歩すると落ち着いた気持ちになったり、「桜」を見ながら宴会をしているとテンションが上がるんですね。

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そして、現代のような「花見」のスタイルになったのは、実は8代将軍「徳川吉宗」が出した『享保の改革』の一環だったんです。

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この改革は基本的には幕府の財政を立て直すのが目的でしたが、それと同時に全国の治水工事をし、川の氾濫を抑えるために「桜」や「桃」の木を植林しました。

 

 

 

 

 

でも、この植林した土を固めるためには、大勢の人を集める必要ですよね。

 

 

 

 

しかも、財政難である幕府にはそんなに多く、人件費を払うことが出来ません。

 

 

 

 

だから、将軍である「徳川吉宗」が直々に「花見」を推奨して、さらには「団子屋」や「御茶屋」なども設けて人を集まるようにしたんです。

 

 

 

 

もともと「桜」が好きな『日本人』は、将軍からの令という『大義名分』が出来たことによって、「花見」見物に行き、そこにある飲食店で酒や食べ物を嗜み、おおいに楽しむようになりました。

 

 

 

 

 

このような歴史的背景から、現在でも続いている「花見」のスタイルになっていったんです。

 

 

 

 

 

倹約家としても有名な「徳川吉宗」。

 

 

 

 

タダで人を集め、その重みで地面を固めさせてさらには「店」からの税収も取れて、民衆も楽しむ事が出来るというこの政策。

 

 

 

 

 

 

素晴らしいですよね!

 

 

 

 

 

 

 

また、「花より団子」ということわざも出来るくらい「桜」の下でわいわい騒ぎながら、酒や食べ物も嗜むことが好きな『日本人』。

 

 

 

 

 

 

この「団子」、特に「三色団子」がピンク・白・緑の色になっているのも一説では「桜」が関係しているのです。

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というのも、「三色団子」は『日本』の四季を表していて、ピンクは「桜」の花をイメージした『春』を、白は雪をイメージした『冬』を、緑は覆い茂る葉をイメージした『夏』になっているんです。

 

 

 

 

でもここで「あれっ?」って思いませんか?

 

 

 

 

 

『秋』が無いんです。

 

 

 

 

ここから「あきない」=「飽きない」=「商い」と『掛詞』を使い、「三色団子」が出来たんです。

 

 

 

 

はっきりとした四季のある『日本』で、洒落好きな「江戸っ子」。

 

 

 

 

これも、『日本』独自の文化といっても過言ではありませんね。

 

 

 

 

 

そんな「桜」を使った食べ物はまだまだたくさんありますが、中でも代表的なものは「和菓子」である「桜餅」。

 

 

 

 

 

 

 

実は、関西と関東では形も呼び方も違うのをご存知でしょうか?

 

 

 

 

 

スーパーなどでここ最近良く目にする「道明寺餅」。

 

 

 

 

 

これ、実は関西風の「桜餅」だったんです。

 

 

 

 

 

逆に関東風の「桜餅」は「長命寺桜餅」と呼ばれており、首都圏でよく目にしているのはやはり、こっちの「桜餅」がの方が主流かもしれませんね。

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(左が「道明寺桜餅」・右が「長命寺桜餅」)

 

 

 

 

 

そんな関西と関東では形も呼び方も違う「桜餅」ですが、製造過程にも違いがあります。

 

 

 

 

 

「道明寺桜餅」の方はもともと、大阪府の『道明寺』というお寺で、餅米を干して砕いた「道明寺粉」という保存食を使っているのでツブツブとした食感なんですね。

 

 

 

 

 

長命寺桜餅」の方は小麦粉を使っているので、クレープみたいな形になり食感もモチモチとしているんです。

 

 

 

 

 

また、「長命寺桜餅」は『向島』にある『長命寺』の門前が発祥の地となっていますが、この『向島』の川沿いにある桜並木が『享保の改革』で植林されたものになります。

 

 

 

 

余談ですが、『向島』の由来は「江戸時代」のスーパー歓楽街『浅草』から見て、「隅田川」をはさんで、向こうの方にあったから、このような名前になったんです。

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「桜」の木は花が散ると葉っぱが生えてきますよね。

 

 

 

 

 

 

これが落ち葉になると大変な量を掃除しなければいけません。

 

 

 

 

 

その手間を少しでも省かせ、逆に商品にしたことによって、人気が大爆発!

 

 

 

 

 

塩っ辛い好きな「江戸っ子」には、うってつけの「和菓子」だったんですね。

 

 

 

 

 

逆に関西の方では、味が薄い方が良しとされていたので、「道明寺桜餅」の方が塩っ気が薄いんですね。

 

 

 

 

今が満開な「桜」

 

 

 

 

 

 

なかなか集まっての宴会は難しいと思いますが、この時期にしか見れないのを見て、和んでみては如何でしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鉄の結界

先日2021年3月20日は『春分の日』で、太陽が昇る時間と月が出ている時間がちょうど半分になるという節目の日を迎えました。

 

 

 

 

 

天文学をもとにしたスピリチュアルの世界でも、『宇宙元旦日』と言われており、そっちの方に興味がある方も多いと思います。

 

 

 

 

その中で、世界では『レイライン』と呼ばれる、『春分の日』・『秋分の日』にだけ太陽が通る道が世界各国でたくさん見受けられるのが、とても興味深いところですね。

 

 

 

 

今よりも科学の技術が発達していない時代なのにも関わらず、ちゃんと計算して設計して作っているところなんて。

 

 

 

 

『日本』でも、『春分の日』・『秋分の日』に神社仏閣や信仰の対象となるものを通る『レイライン』が存在しています。

 

 

 

 

 

1つは東は『玉前神社』から始まり、『富士山』→『琵琶湖 竹生島』→『元伊勢神宮』、そして『出雲大社』の『レイライン』。

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そしてもう1つは『鹿島神宮』→『諏訪大社』→『白山』です。

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『白山』というのは『日本三霊山』の1つに数えられており、古くから『富士山』・『立山』ともに、山岳信仰の対象となっている場所になります。

 

 

 

 

 

 

このように、『日本』でも『春分の日秋分の日』のたった2日間だけ太陽がピタリと通る道に重要な信仰対象となっている所があるのですが、現在ではこれら全てが『パワースポット』として、訪れる人が多いのも古来から続く我々『日本人』の遺伝子がそうさせているんでしょうね。

 

 

 

 

 

さて、そんな中「首都 東京」でもたくさんの『パワースポット』が存在しています。

 

 

 

 

 

元々、「東京」は「江戸城江戸幕府)」を中心とした街づくりです。

 

 

 

 

 

 

その様子は現在では埋立地が多く出来、全てを見ることは出来ませんが、まだ少しだけ垣間見ることが出来ます。

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上図のように「螺旋状」になっている現在の「東京」。

 

 

 

 

これは元々、「江戸城」を外敵くら守るために人工的に川を利用して作られた地形なんです。

 

 

 

 

 

ここで少し余談ですが、「螺旋」は構造上、基本的には繰り返しの構造ですが、それを無限に繰り返し上がっていくために、生命力や運動性、また歴史などの象徴・シンボルとして扱われており、その代表的なものとして、DNA 分子などがあります。

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また、音楽の世界でもあの有名な「カノン」は別名「螺旋カノン」と呼ばれており、少しずつ音程が高くなり繰り返し続いている曲になります。

 

 

 

 

この「カノン」を元にした「カノン進行」と呼ばる作曲方法があるんですが、実はJ-POPで売れている曲のほとんどがこれを使っているんです。

 

 

 

 

例えば、「SMAP」の『世界にひとつだけの花』や「中島みゆき」の『糸』。

 

 

 

 

そして、90年代に怒涛のヒットソングを何曲も出した「小室哲哉」、通称「TKサウンド」。

 

 

 

さらに最近では「あいみょん」の『マリーゴールド』や「Official 髭男dism の『Pretender』など。

 

 

 

挙げれば数え切れないほどの曲があります。

 

 

 

 

 

こうしてみると、『生きる』という象徴である『螺旋』を「江戸」の街に使うことによって250年以上も続く「江戸幕府」を、そして100万人都市として、人を惹きつける場所となったんでしょうね。

 

 

 

 

 

 

話は戻しまして、そんな「江戸城」を中心にして鬼門・裏鬼門に『神田明神』・『日枝神社』の2つの『神社』を、また「将軍の菩提寺」として『寛永寺』・『増上寺』の2つの『寺院』を置くことで、風水的にも守りを固めていたんです。

 

 

 

 

 

また、人工の川を作ることによって水運を利用し物流がさかんになった「江戸」ではたくさんの物資が入ってきます。

 

 

 

 

「江戸時代」、世界一の都市となった理由がここでも分かりますね!

 

 

 

 

そして「江戸」が明治に入り「東京」へと変わりました。

 

 

 

 

近代化が進む中で、水運の利用より遥かに効率の良いものがここ「東京」にも入ってきます。

 

 

 

 

 

それが、『鉄道』。

 

 

 

 

中でも「東京」の都心部を一周する山手線と、それを横断する中央線が『太極図』になっているという都市伝説は有名です。

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白色の中の黒とは言わずと知れた『皇居』を指し、戦前までは『国家最大機密』としてその内情は堅く守られていました。

 

 

 

 

 

今でも、『皇室』の素性を知る人は少なく、基本的には『宮内庁』を通しての報道になっていますもんね。

 

 

 

 

 

また、どちらかというと白側の方が開発が発展しているイメージがあり、逆に黒側の方は下町風情が漂うような情緒溢れるイメージがありますよね。

 

 

 

 

 

 

そんな中で、黒色の中の白は『日本一』の繁華街。

 

 

 

 

『歌舞伎町』‼︎

 

 

 

 

 

 

夜に光輝くネオンとともに、大勢の客が金をばら撒き酒を浴びて賑わう、その中で闇の組織が裏で動いている、そんなイメージがありますよね。

 

 

 

 

最近では、そのイメージもクリーンとなりつつありますが。

 

 

 

 

そして、中央線は「高尾」まで走っています。

 

 

 

 

 

 

『高尾山』はあの『ミシュランガイド』にも掲載されている一大観光スポットとして、今では毎年たくさんの登山客が訪れますが、元々は修験道の聖地となっています。

 

 

 

 

 

『富士山』からの龍脈(良い「氣」が流れる道)が『高尾山』を通り、そこから龍穴(良い「氣」が溜まる場所)である『皇居』に集まるようになっていたのです。

 

 

 

 

だから、『高尾山』の麓に実は『皇居』を移転しようとしていた計画すらあったほど強力な「氣」を司る場所なんですね。

 

 

 

 

実際、毎年これだけ多くの観光客が訪れ、また行きたいと感じるのは、その良い「氣」を肌で感じて運気が上昇しているからなのだと、個人的には思っています。

 

 

 

 

 

 

また、『皇居』移転の計画こそ実現はされませんでしたが、その変わりに『大正・昭和天皇皇居両陛下』の御陵地があると言うのも、それを裏づける証拠になっているに違いありません。

 

 

 

 

 

 

と、ここまでは有名な『鉄道』の都市伝説と自分なりの解釈をつけ加えた都市伝説です。

 

 

 

 

 

 

そして、これからは重要‼︎

 

 

 

 

 

以前、『鉄道』は「新橋ー横浜」間で初めて運行されたお伝えしました。

 

 

 

 

実は、これも『皇居』を守るための鬼門・裏鬼門の位置にあったのです。

 

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そして、それをさらに延長線に延ばしていくと…。

 

 

 

 

 

鬼門には『霊峰 筑波山』・裏鬼門には『古都 鎌倉』があるのです。

 

 

 

 

筑波山』は「西は富士・東は筑波」と称され、その山自体が「御神体」となっている聖地になります。

 

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裏鬼門の『古都 鎌倉』は言わずと知れた、初の武家政権の本拠地にして、数多の神社仏閣が存在する聖地となっています。

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ここで何か感じませんか?

 

 

 

 

実はこの2つの聖地、通常よりも早い「特急列車」が通っているのです。

 

 

 

 

 

人や物資などのパワーと一緒に、良い「氣」を「首都 東京」に運ぶために!

 

 

 

 

ひとつは「つくばエクスプレス」、もうひとつは「特急 湘南」。

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また『高尾山』の逆側に位置し、例年数多くの参拝者が訪れる『成田山 新勝寺』。

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ここにも「成田エクスプレス」が通っています。

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さらには、『皇居』の真北に位置し、もともとは「江戸幕府」の安泰のために初代将軍・家康を神格化し、孫である3代将軍・家光と共に『天海』が建てた聖地、『日光東照宮』。

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ここもJR・東武線を経由する「特急スペーシア」が通っています。

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そして、奈良時代より「関東の総鎮守大権現』と崇敬され「源頼朝」や「徳川家康」などが参拝した『箱根神社』や、『日本』屈指の温泉街として有名な箱根。

 

 

 

 

ここには「小田急ロマンスカー」が通っています。

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小田急線」はその龍脈に沿って線路を敷いているので、この線上に住んでいると良い「氣」が流れ込むとも言われるほどです。

 

 

 

 

 

このように、全て『鉄道』を通して龍脈が集まる「首都 東京」に良い「氣」を送り込んでいるのです。

 

 

 

 

そして、この『鉄道』に載っているのは何ですか?

 

 

 

 

そうです、『人』です。

 

 

 

 

『人』がこの国を作り、『人』がこの国を経済大国第二位という世界屈指の豊かな国にまで押し上げたのです。

 

 

 

 

 

 

『敗戦』という汚名を背負って。

 

 

 

 

未だ先の見えない新型コロナ感染の影響により、経済的にかなりマイナスとなってしまいました。

 

 

 

 

国民の命を取るか経済を取るかなんて選択、本来ならあるべきではありません。

 

 

 

 

だからこそ、力を合わせて復活しなければいけないと思います。

 

 

 

 

 

それが出来るのは我々『日本人』だけ!

 

 

 

 

 

なぜなら、島国で生まれ育った我々にはお隣さん同士が協力しあうしか、生きる術が無かったかからです。

 

 

 

 

 

だからこそ、ここまで来れたんです!

 

 

 

 

そして、良い「氣」を集め次の世代へと繋いでいく、それが私たちの使命なのです。

 

 

 

 

 

新型コロナが終息したら、是非『鉄道』を使い色々な場所に行ってみたいものですね!

 

足し算引き算

皆さんは「フランス料理」は足し算・「日本料理」は引き算と呼ばれることがあると言うのを聞いたことがありますか?

 

 

 

 

 

これがどう言う意味かというと、ある料理を作るときに色々なものを足したり引いたりして、調理しますよね。

 

 

 

 

 

 

例えばスープやソースでしょっぱ過ぎたら、「砂糖」を加えてたり、「水」を入れて薄めたりなど。

 

 

 

実際には私自身、ちゃんとした定義に沿っての理解はしていないんですが、こう聞くと、なんとなくイメージでは理解できるのでは無いのでしょうか。

 

 

 

 

だから「フランス料理」は足し算・「日本料理」は引き算というのも一概には言えませんが、基本的にこのように表現されているのです。

 

 

 

 

 

では、なぜこのように世界の料理に違いがあるのか。

 

 

 

 

それは、その土地の地形や環境に関係があるんです。

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例えば、我が国『日本』は島国です。

 

 

 

 

 

だから新鮮な「海の幸」が比較的手に入りやんです。

 

 

 

 

 

そして、「海の幸」から引き算をし、「日本料理」の基本となっているものが「出汁(ダシ)」。

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「昆布」や「かつお節」を火にかけてそこから「うま味成分」だけを抽出した手法により、「出汁(ダシ)」を取り、さまざまな「日本料理」に活かされていますよね。

 

 

 

 

 

これが引き算なんです。

 

 

 

 

 

また、『日本』の国土の7割が森林などを含む山となります。

 

 

 

 

そうした事から「山の幸」が豊富に取れ、さらに湿度の高いことから食用の「キノコ」がたくさん取れます。

 

 

 

 

そして「キノコ」の中でも特に干した「椎茸」も「出汁(ダシ)」の代表的なもののひとつとなっていますよね。

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これも引き算の手法なんです。

 

 

 

 

 

どう言うことかと言うと、「椎茸」は生の状態では、あまり「うま味成分」が含まれていないんですが、それを天日干し、つまり水分を飛ばすことによって「椎茸」に含まれる細胞が酵素の働きによって分解され、「うま味成分」に変わるんです。

 

 

 

 

 

 

そして、この「かつお節」の「イノシン酸」・「昆布」の「グルタミン酸」・「干し椎茸」の「グアニル酸」は「日本料理 三大うま味成分」とも言われています。

 

 

 

 

 

そういえば、「かつお節」も「昆布」も一度乾燥させていますもんね。

 

 

 

 

 

 

一度乾燥させ、水に戻して「うま味成分」に変化させると言う手法。

 

 

 

 

これが「日本料理」の基本の「出汁(ダシ)」なんです。

 

 

 

 

 

 

これも、山が多く天然の飲水が豊富で、さらに高温高湿であり、周りを海で囲まれた島国である『日本』の地形と環境によっての、それをいかにうまく利用するかを考え抜いた、「先人たちの知恵」の賜物なんですね。

 

 

 

 

 

だから、『伝統料理』と言うのです。

 

 

 

 

 

ここでちょっと面白い話がありまして、『英語』で「キノコ」と調べてみて下さい。

 

 

 

 

きっと、「mushroom」と出るはずです。

 

 

 

 

『日本語』表記をすると「マッシュルーム」。

 

 

 

 

あれ?って思いませんか?

 

 

 

 

 

「マッシュルーム」と言うと『日本』では小さくて白や茶色の「キノコ」を想像しますよね。

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でも、西洋圏では「キノコ」すべての総称として「mushroom(マッシュルーム)」と言うのです。

 

 

 

 

では、なぜか?

 

 

 

 

その理由も地形や環境によるのです。

 

 

 

 

西洋圏、特に欧州は基本的には気温が低い、寒冷多雨の気候になります。

 

 

 

 

 

だから、自然界ではあまり食用の「キノコ」自体が育ちづらい環境だったんですね。

 

 

 

 

人工的な栽培でも、「メロン」の栽培のために馬や牛の糞尿を葉や土で発酵させ、その熱を利用した時に偶然「マッシュルーム」が出来て、それが食用として注目されたのがきっかけになっています。

 

 

 

 

 

こうしてみても、『日本』と『西洋』では出来る食物が違うというのが分かりますよね。

 

 

 

 

 

 

話は戻しまして、料理の足し算・引き算ですが、足し算の代表的なものは先にも述べたように「フランス料理」などになります。

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「フランス料理」のイメージは濃い目のソースに肉や魚介類をつけて楽しむ料理ですよね。

 

 

 

 

 

例えば、フライパンではじめに肉や魚介類を焼き、完全に火が通らないうちに一度上げて、そのうま味が着いた状態のフライパンを洗わずに、そのままワインやバターなどを加えてソースを作ります。

 

 

 

 

これが足し算の料理なのです。

 

 

 

 

 

 

なんとなく分かっていただけましたでしょうか?

 

 

 

 

また、よく『西洋』では「バター」で「玉ねぎ」を飴色になるまで炒めて「うま味成分」を引き出しています。

 

 

 

 

 

これが、「玉ねぎ」が『西洋のかつお節』と言われる所以です。

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色がどことなく似ていますしね。

 

 

 

 

 

そして、これも足し算・引き算を使った調理法なんですね。

 

 

 

 

 

 

特に「フランス料理」では「バター」や「牛乳」、「乳製品」を使ったものが多いですよね。

 

 

 

 

 

 

実はこれも、「フランス」の地形と環境によるものなのです。

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上図を見てもらうと分かるように、半分は海に面していますが、もう半分は陸地になります。

 

 

 

 

 

さらに首都である「パリ」は海から100kmも離れた場所にあります。

 

 

 

 

これでは、まだ冷蔵庫の無かった時代は新鮮な魚介類が届きにくいですよね。

 

 

 

 

逆に、大陸と陸続きになって山岳が多いこの場所では酪農をして、栄養化の高いものを手に入れる手段となりました。

 

 

 

 

だって自然と草がそこら中に生えるわけですから。

 

 

 

これを餌に牛などを飼い、それらから手に入れることが出来る『食文化』の方がはるかに簡単だったのです。

 

 

 

 

 

思えば、「北海道」は梅雨も無く「阿寒帯気候」で、寒冷地としても知られていますが、ここでも酪農牧場が多いですよね。

 

 

 

 

しかも、経度は『フランス』とほとんど一緒です。

 

 

 

 

だから、「北海道産」の「牛乳」や「乳製品」が多いんですね。

 

 

 

 

 

また、「フランス料理」では鴨ひとつとってみても、「血」までソースに使い料理をするんですが、「日本料理」では鴨を獲った瞬間に川など水辺で「血抜き」をします。

 

 

 

 

 

 

これによって「フランス料理」ではより、濃厚な料理に、「日本料理」ではあっさりとした淡白な料理に変化するのです。

 

 

 

 

面白いですよね。

 

 

 

 

こうして見ても、住んでいる国の地形や環境によってさまざまに変化している『食文化』。

 

 

 

 

 

 

色々な料理を食べながら『食文化』を学んでみるのも、世界を知る良いきっかけになると思います。

 

 

 

 

 

特に本日は、全世界で昼と夜が同じ時間になる『春分の日』です。

 

 

 

 

それに合わせて世界中の遺跡で『レイライン』と言うものものが数多く存在しています。

 

 

 

 

 

そして、『宇宙元旦日』とも言われている本日。

 

 

 

 

その環境に適した『歴史』や『食文化』を頭に入れつつ、『自然の恵み』というのを考えて過ごしてみてはいかがでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自己紹介

いきなりですが、初めて会った人に自己紹介をするとき、なんと答えますか?

 

 

 

 

 

たいていの場合は、「◯◯県、出身です。」など都道府県で答えます。

 

 

 

 

 

 

それとは逆に県庁所在地や特定の観光スポットを答える人たちもいます。

 

 

 

 

 

それはなぜか。

 

 

 

 

答えはその土地が今の県庁所在地になる前から発展していた場所だからです。

 

 

 

 

 

例えば、「名古屋」の人は「愛知県出身です。」とは言わず「名古屋出身です。」と答えることが多いと思います。

 

 

 

 

 

その理由は「御三家」の筆頭格で「尾張名古屋藩」だったことが由来しています。

 

 

 

 

尾張名古屋は城でもつ!」という歌があるくらい権威のあるそして、「名古屋」の人たちにとって誇らしい場所だったんですね。

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そして、実は『名古屋城』がある場所はあの「織田信長」が一時期、本拠地としていた場所でもあり、さらにここで産まれたという説もあります。

 

 

 

 

当時は今の字とは違い「那古野」と書いて「なごや」と読んでいました。

 

 

 

 

 

その後、ほど近い「清洲」に本拠地を移すわけですが、「豊臣秀吉」も実は「名古屋」出身だったんです。

 

 

 

 

 

その場所は現在の「名古屋市 中村区」。

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上記の図を見ても、すぐ近くが出身地だったということが分かりますよね。

 

 

 

 

 

 

 

最後に天下人となった「徳川家康」は同じ「愛知県」の「岡崎市」が出身地になりますが、『三英傑』3人ともが「愛知県」出身というのが、この地の人たちにとって誇りだというのが、そしてこのような場所だからこそ「御三家 筆頭格」を「徳川家康」が置いたのが分かるような気がします。

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他にも、「仙台出身」の人は「宮城県出身」とは言わずにやはり「仙台」と言ったりします。

 

 

 

 

 

これも、言わずと知れた「奥州の覇者 伊達政宗」がこの地に築城し、「仙台藩」が明治維新前まで続いたからなど、やはり名将がいた城下町から発展していった街は、その威厳と地位から、未だ「◯◯出身」と言うんですね。

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そして、古都「鎌倉」周辺でも同じような表現をしています。

 

 

 

 

 

『日本』史上初の武士が政権を握った「鎌倉幕府」の場所では「鎌倉出身」と言うのはもちろん、そのお膝元でも言われています。

 

 

 

 

 

そのお膝元と言うが、夏には多くの海水浴客やサーフィンの聖地のひとつとしても挙げられる「湘南」。

 

 

 

 

 

 

でも、なぜ「湘南」と言うのか分からないと言う方が多いですよね。

 

 

 

 

しかも、どこからどこまでが「湘南」なのかはっきりした行政区分としては決まっていません。

 

 

 

 

そして、この名前の由来も諸説ありますが、1つは『中国』の「洞庭湖」という広くて美しい湖に注ぐ、「湘江」という川から「湘」の字をとったことと、『相模国』の南側に位置していたことから、「湘南」と呼ばれるようになっていきました。

 

 

 

 

 

また、『鎌倉時代』以降、「洞庭湖」を題材にした水墨画が『中国』では盛んになり、当時、禅宗臨済宗曹洞宗)と文化を教えるために留学にきた『中国』の禅僧たちが、相模湾一帯を目にした時、その美しい風景と「洞庭湖」が似ていて、懐かしさが相まって、いつしか「湘南」と呼ばれるようになったのです。

 

 

 

 

 

これも、ここに『古都 鎌倉』があったからこそついた名称だったんですね。

 

 

 

 

 

また、「1200年の古の都 京都」でも本当の「京都市民」は北は鷹峯・南は東寺・東は寺町・西は西小路までの範囲のことを言う人もいるそうです。

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いわゆる『洛中』と『洛外』と呼ばれるやつですね。

 

 

 

この「京都」に関してはまた、改めてお伝えしたいとおもいますが、ここでもやはり、1200年もの間『日本』の中心であり続け、今もなおその気品に溢れた地というのが、この土地に住む人たちの誇りなんですね!

 

 

 

 

 

このように、『古都』や城下町など、偉人たちが作り上げ発展していった土地の人たちは、やはり誇りをもって「◯◯出身です。」と言うのが多いんです。

 

 

 

 

羨ましい限りですね。

 

 

 

 

そしてもう1カ所、都道府県を出身地と言わずに県庁所在地を言うのが多い場所があります。

 

 

 

 

 

 

それは『文明開花』の象徴、「横浜」。

 

 

 

 

前回も「横浜」が発祥の地と言うのが数多く存在していると言うのをお伝えしました。

 

 

 

 

 

例えば「鉄道」発祥の地だったり、「ガス」や「電気」・そして「水道」と言ったライフララインの発祥の地だったり。

 

 

 

 

 

実はそれ以外にもここ、「横浜」にはいまや我々『日本人』にとって欠かせないものが発祥の地となっています。

 

 

 

 

 

その代表的なものと言えば、御祝い事など節目の際に、家族みんなで箸を突き合う「すき焼き」の原型、「牛鍋」。

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(上記は「牛鍋元祖 太田なわのれん」から写真引用。)

 

 

 

 

 

 

そして、「不二家」の「ショートケーキ」。

 

 

 

 

「クリスマスケーキ」も「不二家」が日本で初めて販売したんです。

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(上記は「不二家 クリスマスケーキ」から引用。)

 

 

 

 

 

また、仕事終わりのお疲れ一杯の定番、「ビール」。

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(上記は「キリンビール 一番搾り」写真を引用。)

 

 

 

 

これも「横浜」の地で始めて継続的に醸造され、そこで学んで行った数多くの人たちが『日本全国』に広めて行きました。

 

 

 

 

これからの季節は「ビール」におつまみが最高ですよね!

 

 

 

 

 

個人的には家庭菜園で出来る「枝豆」のセットを購入したので、出来上がりが非常に楽しみです。

 

 

 

 

そして、呑んだ後に食べたくなる「ラーメン」の中でも特に私好みの味。

 

 

 

 

「横浜家系ラーメン」。

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(上記は「横浜家系ラーメン 大和屋」での写真から引用。)

 

 

 

 

 

なぜか、呑み終わった後やまだ酒が残っている翌日など食べたくなるんですよね。

 

 

 

 

 

この「横浜家系ラーメン」の元祖は「吉村家」ですが、正統な暖簾分けは5企業しか無いようです。

 

 

 

 

 

今では全国で食べられる「ラーメン」の種類でも代表的なものも、実は正統なものとインスパイアしたものとあるというのは、『日本』の『食文化』と言うのは本当に面白いものですね。

 

 

 

 

 

そして、忘れちゃいけない「横浜 発祥の地」でもはや『日本』の国民食

 

 

 

 

 

 

ナポリタン」・「シーフードドリア」・そして、「プリン・ア・ラ・モード」。

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これら上記は全て『ホテルニューグランド』が発祥なんです。

 

 

 

 

 

ナポリタン」は『日本発祥』と言うのは、聞いたことがありますが、まさか「シーフードドリア」まで『日本』、いや「横浜」生まれだとは思いませんでしたね。

 

 

 

 

 

 

このように、今では当たり前な西洋食を含めた近代化の発祥の地が多い「横浜」。

 

 

 

 

だからこそ、ここに住む人たちはそれを誇りに感じ出身地を紹介する時に「横浜、出身です。」と言う人が多いんですね。

 

 

 

 

 

 

出身地を聞いただけで、その土地の歴史が分かる。

 

 

 

 

皆さんも機会があれば、これに意識して相手に聞いてみてはいかがでしょうか?

 

 

 

 

もしかしたら、次の話のネタに繋がるかもしれませんよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鉄道」発祥の地

『日本』に数多くの『発祥の地』というのが存在しています。

 

 

 

 

 

中でも『近代日本』の文明を支えている多くのものが、「神奈川県 横浜市」に集中していることをご存知でしょうか?

 

 

 

 

 

有名どころで言えば、「鉄道発祥の地」として横浜市中区桜木町に記念碑が建てられています。

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そして、来年の2022年は「鉄道開業150周年」を迎えるにあたって、さまざまなイベントが予定されています。

 

 

 

 

 

では、なぜ「横浜ー新橋」間が最初の駅として選ばれたのか?

 

 

 

 

 

 

それは、『江戸幕府』に震撼を与えた事件がきっかけになります。

 

 

 

 

 

その事件とはご存知、『ペリー提督』率いるあの!

 

 

 

 

『黒船、来航!』

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(上記は「日本財団図書館(電子図書館)」 船の科学館から引用。)

 

 

 

 

 

この事件により、全国の大名・武士はもちろんその他の一般庶民たちにまで心の底から恐怖を与え、『尊王攘夷』・そして『日本』の近代化を進めました。

 

 

 

 

 

なぜなら、こんなデカイ軍艦、その当時の『日本』にはひとつも無かったんですから。

 

 

 

 

 

ただ、これには実は裏がありまして、「黒船」が浦賀沖(現在の神奈川県 横須賀市)に来ることは、老中筆頭である「阿部正弘」や御三家で常に江戸に常務している水戸藩の「徳川斉昭」・有力譜代大名の「井伊直弼」、そして雄藩である外様大名の「島津斉彬」など、ごく少数の大名は知っていました。

 

 

 

 

 

 

しかも、1年前に。

 

 

 

 

 

 

このごく一部しか伝わらない、そして当時の世界情勢を知るごく一部の有識者しか、その脅威が分からないという『江戸幕府』の体制が、もはや解体への道に進むしかなかったのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

そんな時代に『ペリー提督』率いる『黒船』が浦賀沖に来航。

 

 

 

 

 

政権のトップもその他全国民がパニクるのは無理もありません。

 

 

 

 

 

この時、12代将軍「徳川家慶」が病床に伏せていた状態であったため、『開国』を決定することができず「ペリー提督」らは翌年に改めて来ると告げ、一度帰国をするのですが、それを期に軍備を強化することになったのです。

 

 

 

 

 

その軍事強化によって出来たのが今やデートスポットなど『日本』でも有数の観光地。

 

 

 

 

『お台場』

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「台場」とは『黒船』を迎え撃つための大砲を設置する台の場所ということなんですね。

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ちなみにその後「江戸幕府」解体へと尽力した幕末きってのヒーロー、『坂本龍馬』は近くの「浜川砲台」で警護をしていたと伝わっています。

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また、次の来航に備える為に「江戸湾(現在の東京湾)」の出入り口である「横須賀市 浦賀」に『日本』初の国産製「西洋軍艦」の造船所が作られてました。

 

 

 

 

 

その後、この場所は海軍・海自の最大の基地へと引き継ぎられていくんですね。

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(上記は「海上自衛隊横須賀地方総監部ホームページ」より引用。)

 

 

 

 

 

 

 

そして、1年後『ペリー提督』率いる『黒船』が再び浦賀沖に来航。

 

 

 

 

 

その時、『ペリー提督』ははじめ江戸、それがダメなら品川か川崎で会談をしたいと要求してきました。

 

 

 

 

 

江戸幕府』側は『江戸城』からあまりにも近過ぎるとそれを拒否。

 

 

 

 

 

そこで、白羽の矢が立ったのは当時、小さな田舎町の漁港であった「横浜」でした。

 

 

 

 

 

そして、この地で『日本』と『アメリカ』の間に『日米和親条約』が締結したのです。

 

 

 

 

 

 

この時、『アメリカ』側の献上品として、蒸気機関車の模型が渡されたのです。

 

 

 

 

 

 

これがきっかけで「明治時代」に入り首都・「東京(皇居)」からほど近い「新橋」と「横浜」を鉄道が繋がるようになったのです。

 

 

 

 

 

だいぶ、脱線しましたがようやく元のレールに戻れましたね。

 

 

 

 

鉄道だけに!笑

 

 

 

 

 

 

 

でも、実はそれ以前に『日本』でそれも「長崎」で鉄道を走らせていた人物がいました。

 

 

 

 

 

それが、『イギリス』商人として『坂本龍馬』を仲介役に武器を売買していたあの人物。

 

 

 

 

死の商人』としての異名もつ。

 

 

 

 

トーマス・グラバー

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ただ、この鉄道は約1ヶ月程度の試運転で終わってしまい、鉄道の営業運転とまでは行きませんでした。

 

 

 

 

 

ですから、「横浜ー新橋」間が「鉄道発祥の地」・「長崎」の方は「我が国鉄道発祥の地」となっているのです。

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そして、イギリス人の『トーマス・グラバー』と、アメリカ人の『ペリー提督(マシュー・カルブレイス・ペリー)』は、ある事で繋がっているのです。

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そのある事とは…。

 

 

 

 

 

フリーメイソン

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2人はここで繋がっていたのです。

 

 

 

 

 

 

さらに、「台場跡地」付近に埋め立て地として出来た『お台場』。

 

 

 

 

 

ここにも『フリーメイソン』ゆかりのものがあります。

 

 

 

 

 

そのゆかりのものが…。

 

 

 

 

自由の女神像

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アメリカ ニューヨーク』にある『自由の女神像』は『フランス フリーメイソン』から『アメリカ フリーメイソン』へと独立100周年を記念して寄贈されたものです。

 

 

 

 

 

そして極めつけは、この『お台場』という地。

 

 

 

 

 

ここは「東京港埋立第13号地」なんです。

 

 

 

 

 

「13」と言えば、「フリーメイソン』では『聖なる数字』。

 

 

 

 

 

 

その上に建つのは『フジテレビ』。

 

 

 

 

 

 

『フジテレビ』のマークはなぜだか名前に似つかないマークですよね。

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(上記は「株式会社フジテレビジョン」から引用。)

 

 

 

 

 

また「フジ」とは言わずと知れた『日本』の象徴とも知られ、2013年に『世界文化遺産』になった『富士山』。

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この2つを足すと…。

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フリーメイソン』の象徴でもある『プロビデンスの目』になるのです。

 

 

 

 

 

そして、ここ『フジテレビ』で20世紀最後に華々しくデビューしたスーパーアイドルがいます。

 

 

 

 

 

そのスーパーアイドルとは今年、一時グループ活動を休業した…。

 

 

 

 

 

『嵐』

 

 

 

 

 

彼らは1999年11月3日にデビューしました。

 

 

 

 

 

1999をひっくり返すと「6.6.6」という数字が出てきますよね。

 

 

 

 

また11×3=33になり、「33」は『フリーメイソン』では最上階級の数字になります。

 

 

 

 

 

 

さらにメンバーの頭文字。

 

 

 

 

松本→M

相葉→A

櫻井→S

大野→O

二宮→N

  ↓

『メイソン』と読めるわけです。

 

 

 

 

『フジテレビ』のキーチャンネルは『8チャンネル』になりますが、これを鏡文字にすると「33」という数字が出てきます。

 

 

 

 

 

これは果たして偶然なのでしょうか。

 

 

 

 

それとも…。

 

 

 

 

話は戻しまして、『日米和親条約』・『日米修好通商条約』以降、ただの田舎町漁港に過ぎなかった「横浜」は開港し、近代化(『文明開花』)の象徴としてさまざまなものの発祥地となっていきます。

 

 

 

 

 

それは今ではライフラインとして欠かせない、「ガス・電気・水道」から理容室や公園、そして食文化まで。

 

 

 

 

 

いまでもファッションやオシャレなものを発信し続ける「横浜」。

 

 

 

 

 

一度、発祥の地を探して巡ってみるのも良いかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気候と文化

世界ではさまざまな気候があり、それによってその土地土地で、さまざまな文化が生まれました。

 

 

 

 

 

 

例えば、我が国『日本』はほとんどが「温帯」に属しており、その中でも「温暖湿潤気候」に属し、夏は暑く湿度も高い、逆に冬は寒く湿度は低くなっています。

 

 

 

さらに南アルプスなどの高い山脈を境に日本海側の冬は大雪や曇りの日が多くになり、逆に太平洋側は晴れた日が多くなります。

 

 

 

 

だから『日本』の家屋は、梅雨や夏の湿度の高い蒸し暑さを解消するために軒先や部屋などが広く開放的で、風通しの良い「木造」になったのです。

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さらに、換気の良い「イ草」を畳を床にすることで、梅雨から夏に掛けての蒸し暑い時期を乗り越えようと考えた、『先人たちの知恵』なのです。

 

 

 

 

そして、冬は暖炉などを使って温かさを求めていたんですが、炭や灰が舞うのでかえって風通しが良い「木造」の方が良かったんですね。

 

 

 

 

 

 

 

では、逆に「西洋」ではどんなものだったか。

 

 

 

 

 

それは「石造」です。

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「欧州」のほとんどが「寒冷地」となっており、夏は過ごしやすいが冬は極寒という土地が多いために、隙間風の多い「木造」では対象出来なく、それよりも強度が強く、隙間風も少ない「石造建築」になっていったのです。

 

 

 

 

 

 

 

余談ですが、あの世界最古の秘密結社『フリーメイソン』はもともとは「石工職人」であり、その技術を他には漏れないようにしていたのが始まりだったんですね。

 

 

 

いまで言う、「企業秘密」ってやつです。

 

 

 

 

 

もうひとつ、重大なものと一緒に!

 

 

 

 

 

 

 

そして、服装についても夏が蒸し暑い『日本』では、「麻」や「絹」など通気性が良いものが使われており、江戸時代中期にはさらに通気性に特化した「浴衣」などが流行りました。

 

 

 

 

また、湿度の多い夏は『日本』ではそれだけでも汗が出てくるのに、江戸市中の民衆は「大工職人」が多くの割合を占めていました。

 

 

 

 

 

 

そうなると、おのずと「風呂」に入って汗を流したくなりますよね。

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元々、地震大国で「温泉」が湧き出る場所が多かった『日本』。

 

 

 

 

 

このような時代背景と、気候により「風呂」や「浴衣」など独自の文化が発展していったんですね。

 

 

 

 

 

 

逆に「西洋」は夏もあまり湿度も気温も高くなく比較的過ごしやすい気候になります。

 

 

 

 

 

下記は『花の都』と呼ばれる『パリ』と『東京』の気温・降水量の比較グラフになりますが、それを見ても一目瞭然で、いかに『東京』が過ごしにくいかが分かると思います。

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だから、「西洋人」は「風呂」には入らずに「シャワー」で済ませるという文化になっていったんですね。

 

 

 

 

 

夏も乾燥しているから汗をかいても気づきにくい。

 

 

 

 

だから、「風呂」には入らない。

 

 

 

 

ただ、実際には汗をかいているので臭いを発してきます。

 

 

 

 

 

その臭いをごまかすために出来たのが「香水」なんです。

 

 

 

 

 

また『日本』では、全てのものに『神様』(『八百万の神』)が宿っていると言う精神から、「糞尿」まで大事にし貯め、それを発酵させて畑に撒いて肥料にしていました。

 

 

 

 

 

これも、湿度が高く微生物が育ちやすい『日本』ならではの知恵なんですね。

 

 

 

 

 

 

 

だから現在でも、綺麗好きと知られる『日本』が「トイレ」の世界で、人気を誇っているのです。

 

 

 

来日した海外セレブや観光客は「ウォシュレット」の素晴らしさに感動すら覚えるほどの人気ぶり。

 

 

 

 

 

たしかに海外では「ウォシュレット」は中々見ませんからね。

 

 

 

 

 

 

それとは逆に「西洋」こと『パリ』を見てみると、「糞尿」は『マリー・アントワネット』の時代ですら、道路や庭などいたる所に捨てたり、用を足していたそうです。

 

 

 

 

 

 

だから、貴婦人の服装もスカートがボワッとしたものになったんですね。

 

 

 

 

 

用を足した時に汚れないように。

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また、いたる所に落ちている「糞尿」を踏まないようにと出来たのが「ハイヒール」。

 

 

 

 

 

こうしてみると『花の都 パリ』の違った一面が見えてきて面白いですよね。

 

 

 

 

ただ、こうして出来上がったファッション文化が世界で広まっていることをみると、やはりファッションの発信地となっていることが納得できます。

 

 

 

 

 

このように、さまざまな土地で発展していった文化。

 

 

 

 

 

それはその土地でいかに住みやすくするかが根底としてありました。

 

 

 

 

他にもたくさんの文化がある世界。

 

 

 

 

 

このように、普段とは違った角度から見てみるとまた新たな発見があるかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桃の節句

昨日は『桃の節句=雛祭り』でしたが、実は「江戸時代」には公的な祝日・行事があり、その中でも『5節句』といって、かなり重要な日だったんです。

 

 

 

 

 

というのも「平安時代」から続く伝統的な年中行事のひとつで、季節の節目(ふしめ)を祝う日だったんです。

 

 

 

 

 

今ではただ単に、女の子の成長を祝う日となっていますが、「明治時代」初期まではちゃんとした祝日で、全国民の休日になっていたんですよ。

 

 

 

 

だから、「雛人形」は「内裏雛(だいりひな)」と呼ばれており、その様は「平安時代」の容姿をしているのです。

 

 

 

 

 

内裏雛」の「内裏」とは、『天皇・皇后両陛下』のお住まいのことを指しており、それが転じて『皇室』の事を指しています。

 

 

 

 

 

 

「お内裏様とお雛様〜♫」と言うのは『天皇・皇后両陛下』のことだったんですね。

 

 

 

 

 

古代から『日本』は政治の中心が変わっても『天皇』と言う存在を重んじてきたかなり珍しい国・国民性でした。

 

 

 

 

 

それは、そもそも「武士」自体が『天皇家』の家系から来ていることに発端するのですが、未だ現在でもその存在は我々『日本人』にとっては『日本の象徴』として、重んじられていると思います。

 

 

 

 

 

だから実はものすごく大事な『年中行事』のひとつだったんです。

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さて、先程も歌った「ひな祭り」の歌ですが、実は「お内裏様と〜」の「お内裏様」とは、男雛と女雛の2体を合わせたものを指すことばで、間違っていたんです。

 

 

 

 

 

子供の時から聴いたり歌っていた童謡の歌詞が間違っているなんで、ビックリですよね。

 

 

 

 

 

また、『ひな祭り』がなぜ女の子の成長を祝う日かと言うと、「平安時代」から人形遊びは幼い女の子の遊びだったようです。

 

 

 

 

 

 

今で言う、人形を使った「おままごと」ですね。

 

 

 

 

それが武家社会となり、雅(みやび)な公家のあそびに憧れること、そして「江戸時代」には公家の女性が武家に嫁いだ際の、「嫁入り道具」として持ち込まれたことが伝わり、庶民にも広まっていきました。

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今でも、その土地によっては娘が嫁ぐ際に、「嫁入り道具」のひとつとして持ち込むという風習が残っているところもありますよね。

 

 

 

 

 

 

そんな「雛人形」ですが、皆さんは人形の配置の順番をご存知でしょうか?

 

 

 

 

実は、これも京都で作られる「京雛」と関東で作られる「関東雛」ではその配置が違うんです。

 

 

 

 

 

古代から『日本』は「左側」の方が位が高いとされていました。

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そうしたことから「平安時代」から続いている「京雛」は男雛が左側で女雛が右側に座っています。

 

 

 

 

 

「明治時代」になるまで「京の都=平安京」と言われていたことも含めて、どれだけ『天皇』など公家たちが愛されて続けているかが分かりますね。

 

 

 

 

 

 

 

その逆に「関東雛」は、男雛が右側に女雛が左側に座っています。

 

 

 

 

 

これは「明治時代」以降、『天皇』のお住まい(内裏)も「東京」へと移り、国際社会(欧米などの先進国)での一般的な位は、高い方が右側ということで、それに合わせてこの配置となりました。

 

 

 

 

 

 

これもいかに『日本』が「明治時代」以降、「追いつけ追い越せ!」の精神で頑張ってきたことがよく分かりますね。

 

 

 

 

 

 

ちなみ、ここでちょっとした豆知識ですが、「和食」で「ご飯=米」が左側にあるのは、主食であり、それが転じて位が高いものということから、この配膳の位置になったんですよ!

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そして、2段目には『三人官女』と言うお世話係、3段目にはお祭りを楽しませる『五人囃子』。

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4段目は『随身(ずいじん)』といって、『天皇』の警護をする役目のもの。

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俗に『左大臣・右大臣』と呼ばれています。

 

 

 

 

これも、老人と若者が2対でひとつとなっていますが、配置も一番上の男雛が左側なら左側、右側なら右側と、やはり「年長者」を重んじる『日本人』特有の性質からきています。

 

 

 

 

 

ここでも、少し面白い話があって若者(右大臣)の方は顔が白く、老人(左大臣)の方は顔が赤いですよね。

 

 

 

 

これ、実は老人(左大臣)はお酒を飲んで顔を赤らめているんです。

 

 

 

 

 

なんといっても、祭りの席ですから。

 

 

 

 

とは言っても、若者の方は真面目に働いているようなこの表現、ちょっと前までの『日本社会』の絵図みたいですね。

 

 

 

 

「若い時の苦労は買ってでも、しろ!」などの慣用句があるように…。

 

 

 

 

 

話は戻りまして、その下の5段目は『仕丁(しちょう)』といって、宮廷の雑用の役目をしていたものです。

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6段目は『嫁入道具揃い』といって、嫁入りしたあとに嫁いだ場所で使う道具一式になります。

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そして、最後の7段目は『輿入れ道具』といって、嫁ぎ先の場所まで向かうための道具になります。

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こうしてみると、公家と武家の繋がりがいかに『日本』の文化となり、大切であったかが分かりますね。

 

 

 

 

現在でも上流階級の人々は、表向きには公表されてはいませんが、実は「政略結婚」だったなどという事例が続いており、それでその家と家の結びつきを深めるというのが、いくつも確認されていますから。

 

 

 

 

 

男の子は「家の後継」として、女の子は「家の繁栄」のために大事に育てられていたんですね。

 

 

 

 

昔は特に生存率が低いですから。

 

 

 

 

さて、そんな『雛祭り』の裏の話でしたが、なぜこの日を『桃の節句』というかご存知ですか?

 

 

 

 

 

節句」とは最初にお伝えしたように「季節の節目(変わり目)」であり、特に「中国」発祥の『陰陽五行説』では、奇数月が良いとされていました。

 

 

 

 

それが『日本』へと伝わり独自の文化となっていき、奇数月に『年中行事』が行われるようになっていったのです。

 

 

 

 

さらに、同じ奇数日が重なりあった日はより良い日となり、『5節句』という風習が成立していきました。

 

 

 

 

『5節句

① 1月7日→『七草の節句

(この日は『元日』から数えて、7日目にあたり、『仏教』では「7」という数字を一括りにして「死」から「生」へとの生まれ変わるといました。

だから、いまでも亡くなった日から数えて『初七日』・『四十九日』など「7」の数字で区切っていますよね!)

 

 

 

② 3月3日→『桃の節句

 

 

 

③ 5月5日→『端午の節句

 

 

 

④7月7日→『七夕』

 

 

 

⑤9月9日→『菊の節句

 

 

 

 

となります。

 

 

 

 

 

 

そして、3月は「桃の花」がちょうど見頃になること、そして「桃」は昔から邪気を祓うもの・不老長寿(長生き)するもの・また悪い鬼を追い払うものとされて、縁起の良いものということから、『桃の節句』になったのです。

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だから、『桃太郎』も「桃」が付いているんですね。

 

 

 

 

「桃」は鬼を退治しますから。

 

 

 

 

そして、3月は干支に合わせると『寅』。

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鬼は「虎」のパンツを履いています。

 

 

 

 

だから、『桃太郎』も鬼も表裏一体なんですね。

 

 

 

 

なぜなら、見方によっては全然違うものになりますから。

 

 

 

 

 

いきなり、やってきてボコボコにシバかれた挙句、金銀財宝まで奪われてしまうんですから。

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そんな「桃」にまつわる話で脱線してしまいましたが、『桃の節句』は女の子の長生きや幸せを願う日です。

 

 

 

 

少し過ぎてしまいましたが、まだやっていない方は今からでもお祝いをしてみてはいかがでしょうか。

 

 

 

 

ちなみに、『雛祭り』をしまうのは7日前後の天気の良い日で良いそうですよ。

 

 

 

 

雛人形』が湿度で傷まないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カレーライス

「カレーライス」と言えば、誰もが知ってるもはや『日本』の国民食のひとつとも言える食べ物です。

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我が家でも、ほぼ毎週のように食卓出てきては子どもたちが喜んで食べてくれる、「神食」となっていますが、大人の私たちにとっては我慢となっていた「カレーライス」。

 

 

 

 

 

と言うのも、我が家の「カレーライス」、子供の口に合わせていたので、大人の口には全く合わないんですね。

 

 

 

 

特に我が家ではまだ、乳児クラスの年齢の子に合わせているので、何を継ぎ足しても大人にとっては地獄のような味でした。

 

 

 

 

 

ただ、それも先日「2色鍋」用の鍋を購入したので解消され、いまでは子供用・大人用で分けることが出来、満足している今日この頃でございます。

 

 

 

 

 

 

さて、「カレー」と言えば『インド』と言うイメージですが、実はこの「カレー」、我が国にはどこの国から伝わったかご存知でしょうか?

 

 

 

 

 

 

その国とは「日の沈まない国」と称され当時、世界最強の国『大英帝国』。

 

 

 

 

 

 

 

そう、『イギリス』なんです。

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『インド』はかつて『イギリス』の植民地でした。

 

 

 

 

 

東インド会社』と聞けば、ピン!と来る方もいらっしゃるかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

 

この時にさまざまな「香辛料」とともに、『イギリス』に伝わった「カレー」。

 

 

 

 

 

これが、『明治時代』に入り『イギリス』から『日本』に伝わってきたんですね。

 

 

 

 

 

そして、「西洋風」の味付けにより「小麦粉」を中に入れることによって、『インド』の「カレー」とはひと味違う、とろみのついた「カレー」が誕生しました。

 

 

 

 

 

 

余談ですが、『東インド会社』の後身の会社が、現在の『ジャーディン・マセソン商会』。

 

 

 

 

 

その『日本支部』が「長崎」にあった『グラバー商会』。

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(↑上記は『世界遺産 グラバー邸』から引用)

 

 

 

 

 

そして、『グラバー』から武器を購入し『薩摩藩』や『長州藩』にそれを売っていたのがあの『坂本龍馬』。

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そして、『グラバー』はあの秘密結社『フリーメイソン』のメンバーであり、『ジャーディン・マセソン商会』の創始者一族は『ロスチャイルド家』と親戚関係を結んでいます。

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さらに、『日米修好通好条約』以降、「横浜」に『ジャーディン・マセソン商会』は支店をおき、そこの支店長となったのが、『吉田茂』元首相の養父。

 

 

 

 

 

吉田茂』の孫は『麻生太郎』元首相で、高祖父は明治の「三英傑」のひとり、『大久保利通』になっています。

 

 

 

 

 

 

色々と繋がってきましたね!

 

 

 

 

 

 

話は戻しまして、「明治時代」に入り『イギリス』から伝わった「カレー」を陸軍将校を育成する学校の給食に採用され、のちに海軍にも広まっていきます。

 

 

 

 

 

 

特に海軍は船の中での作業が多いために、一度出航してしまうと、外からの食材がなかなか手に入りずらくなる為、一度にたくさんの栄養素を摂取できる「カレーライス」が好まれるようになりました。

 

 

 

 

 

 

 

そのうちに海軍で最も重要な拠点であった「横須賀」海軍にも取り入れられ、「海軍=カレーライス」となっていき、現在ではご当地グルメとして有名になった「よこすか海軍カレー」が誕生したのです。

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ちなみに「よこすか海軍カレー」は「カレーライス」・「サラダ」・「牛乳」が基本となっている栄養バランスの取れたセットになっています。

 

 

 

 

 

また、「海上自衛隊(海自)」の金曜日は「カレーライス」と言うイメージがあると思いますが、これは「週休2日制」になった戦後のことで、それまでは毎週土曜日が「カレーライス」だったという方が多かったようです。

 

 

 

 

 

こうして、「海自=カレーライス」と言うイメージがつきますが、他の自衛隊には無いのかと言うと、実は近年いろいろな試行錯誤をして、イメージアップに繋げようとする働きがあります。

 

 

 

 

 

例えば、「航空自衛隊(空自)」では全体でより上を目指すという意味を込めて「空上げ(からあげ)」が各基地ごとに創作メニューとしてあり、レシピを紹介しています。

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(上記は「航空自衛隊」ホームページより引用。)

 

 

 

 

 

また、「陸上自衛隊陸自)」では2021年2月19日から「陸自飯グランプリ」と題して、各基地のイチオシメニューのレシピを公開し、インターネット上での投票により、ナンバーワンを決める総選挙を開催しています。

 

 

 

 

 

部門は「ラーメン」「丼物」「肉料理」「ご当地」の4部門からで、合計370種類がエントリーしています。

 

 

 

 

 

毎日1食ずつ、作っても1年以上かかってしまいますね。

 

 

 

 

 

 

と、「カレーライス」以外にも自衛隊が食を通してアピールしている『日本』。

 

 

 

 

 

特に「おうち時間」が長くなっている昨今、自宅での料理をする方が増えてきています。

 

 

 

 

 

食を通し、家族や仲間・地域との絆を増やして行くことが、これから先なにか「有事」が起きた際にも役立つ事が出来るのではないでしょうか?

 

 

 

 

 

そして、それこそが古代から国交の少なかった島国『日本』にうまれた我々『日本人』の強さでもあるのです。

 

 

 

 

 

ちなみに、先日お隣さんから頂いた「スルメイカ」で作った「肝和え」。

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花粉症

この時期になると我が国『日本』では、「杉花粉」の飛散により、鼻水や涙が流れ生活に支障が出るという方も多いと思います。

 

 

 

 

個人的には、2年前から「杉」の「花粉症」になり、今年はじめて薬を飲み始めそのつらさを痛感しているところです。

 

 

 

 

 

また、『日本人』の2人に1人はなんらかの「アレルギー」を持っていると言われており、特にこれからの季節、「杉」や「ひのき」などといった「花粉症」との戦いに悪戦苦闘する場面も多いですね。

 

 

 

 

 

ではなぜ、『日本』にはこんなたくさんの人が悩んでいる「杉」や「ひのき」が多いのか。

 

 

 

 

 

そもそも伐採してしまえば良いではないかと感じている方もいると思います。

 

 

 

 

根本から無くしてしまえば、悩まされなくなりますもんね。

 

 

 

 

 

 

でも、これそんな簡単には出来ないんです。

 

 

 

 

その理由は実は「杉」という木。

 

 

 

 

 

『日本』の固有種の木なんです。

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固有種とはもともとその国にしか存在していない生物や植物のことで、このほかには「イチョウ」なども、『日本固有種』になっています。

 

 

 

 

 

だから、大事なんですね。

 

 

 

 

 

他の国にはもともと無いんですから。

 

 

 

 

 

『日本』最古の歴史書である『日本書記』には、『素戔嗚(スサノオ)』が、「杉」で舟を作りなさい!と記述されているくらい、古代から『日本人』にとって大事なものだったのです。

 

 

 

 

またその時に「ひのき」は宮殿を作りなさい!と言ったことから、現在、世界最古の木造建築である『法隆寺』や『伊勢神宮』・『出雲大社』など、神社仏閣で使用される神聖な木となっていきました。

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『素戔嗚(スサノオ)』が舟に使用しなさい!というだけあって、水の浸透に強い「杉」の木。

 

 

 

 

現在でも、住宅の木材で使われている理由が分かる気がしますね。

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そして、「ひのき」はいまでもちょっと良い温泉には「ひのき風呂」を使用しているところが多いように、高級な品というイメージが強いですね。

 

 

 

 

 

これも抗菌作用や脱臭効果、また「ひのき」自体の匂いや質感からくるリラックス効果があることと、神社仏閣という神聖な場所で使用されていることが相まって、『日本人』の心を満たしてくれているのでしょうね。

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そんな「杉」や「ひのき」ですが、実は過去に人工的に植えられていたのをご存知ですか?

 

 

 

 

 

 

『日本』の総面積の約7割は森林になっています。

 

 

 

 

 

そのうち4割が人工森林なのですが、その中で「杉」・「ひのき」だけで約7割を占めているんです。

 

 

 

 

だから、『花粉症』で悩まされる人が増えてきたんだすね。

 

 

 

 

 

 

では、なぜ人工森林を作ったのか。

 

 

 

 

その理由は、戦時中・戦後に行った過度な伐採で荒れ果てた山を復活させるためです。

 

 

 

 

 

 

当時の『日本』は、軍事用の製造物資も無くなりかけ、飛行機ですら木材で作っていたほど。

 

 

 

 

また、空襲などにより焼け果てた都市の復興のためにたくさんの木材が必要でした。

 

 

 

 

そして、戦後の「高度経済成長」でさらに木材が必要となっていったわけですが、その時に目を向けられたのが、「杉」・「ひのき」だったんです。

 

 

 

 

 

その理由はまず成長が早いこと、そして二酸化炭素の吸収率が他と比べて高いこと、国産であることなどが挙げられています。

 

 

 

 

 

 

2015年、温室効果ガス削減を2050年までに目指し、国際的に取り決められた通称『パリ協定』。

 

 

 

 

 

これは「地球温暖化対策」として、先進国を中心となり、「脱炭素社会」を2050年までにゼロを目指すものになります。

 

 

 

 

 

 

そんな中でも、我が国『日本』は2030年までに2013年度の26%を削減することを目標に、新たな成長戦略を掲げています。

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(↑上記の表は『経済産業省』より引用)

 

 

 

 

 

この次世代戦略には、「杉」や「ひのき」の森林による二酸化炭素吸収が必要不可欠な存在なんですね。

 

 

 

 

 

 

また、経済大国第3位であり、国際経済全般について協議する国際機関『OEDC』の加盟国の中では『日本』の森林率は、第3位になっているんです。

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そして、もうひとつの理由。

 

 

 

 

 

この森林のおかげで、雨や雪などが降り、それが山で水が蓄えられ少しずつ水が上流から下流に流れ、安定した水を手に入れることが出来るんです。

 

 

 

 

 

だから、私たち『日本人』は普段から水をお金を掛けずに安心して飲むことが出来るんです。

 

 

 

 

 

さて、ここで問題です。

 

 

 

 

 

世界196ヵ国中、水道水をそのまま安心して飲める国は何ヵ国あるでしょうか?

 

 

 

 

 

 

正解は…。

 

 

 

 

 

 

15ヵ国。

 

 

 

 

 

たったの15ヵ国しか水道水を飲むことが出来ないんです。

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『日本』では当たり前のことが世界では、羨ましがられ、そして極めて貴重な国なんですよ!

 

 

 

 

生きる為には。

 

 

 

 

 

だから、伐採が出来ないのです。

 

 

 

 

そして、いま人工森林を増やしつつあります。

 

 

 

 

それは、遺伝子改良されたあまり「花粉」が出ない木々。

 

 

 

 

 

でも、これは「固有種」としては疑わしいものですよね。

 

 

 

 

 

そう考えると『日本人』は、「花粉症」とうまく付き合っていかなければいけないんですね。

 

 

 

 

 

 

『日本』、轢いては『全世界』のために。

 

 

 

 

『花粉症』はこの時期だけのもの。

 

 

 

 

『固有種』や我が国の文化、そして次世代への地球を守るためにも、伐採というかたちでは無く、予防対策することによって、これらを守っていきたいものです。

 

 

 

 

そして、この『花粉症』の予防対策のためのマスク着用が当たり前だった『日本人』。

 

 

 

 

 

だから、先進国の中でも新型コロナウィルスの感染者が圧倒的に少ないのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春の季節

 2021年早くも2月が終わりに近づき、本格的な暖かさを肌で感じられるようになってきました。

 

 

 

「梅」や「桃」の木に花が咲き始め、春の陽気とともに、何か気分も高揚してくる方もいらっしゃると思います。

 

 

 

 

 

 

そんな『春』の季節になってきましたが、実は「江戸時代」では「花見=桜」ではなかったというのをご存知でしょうか?

 

 

 

 

 

正確には「桜」を鑑賞する「花見」もやっていましたが、一年間でそれよりも前にやる「花見」があります。

 

 

 

 

 

それが「梅」。

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というのも「梅」は2月の別名で、『梅見月』と言われ、「江戸時代」の花見は「梅ではじまり、菊でおわる。」などと表現されるくらい、慣れ親しまれていたものでした。

 

 

 

 

 

 

いまよりも自然を近くで感じられた「江戸時代」では、よりその匂いや見た目の美しさを楽しむことが出来たんでしょうね。

 

 

 

 

 

 

そんな「梅」の名所は江戸市内にも数多くあり、特にいまの『向島百花園』では「新梅屋敷」と呼ばれるほど、「梅花見」見たさに多くの江戸庶民が訪れました。

 

 

 

 

 

 

また、『向島百花園』は絵師や文人などといった博識のある人たちの集まる場所となっており、そう言ったところからもいつしか「梅花見」は静かに鑑賞しながら、和歌などを楽しむものとなっていたのです。

 

 

 

 

 

ただ、その他の一般の江戸庶民たちは屋台船から鑑賞を楽しんだり、その周辺に出来た商屋で買い物や、お土産を買って帰ってたりというスタイルで「梅花見」を満喫していました。

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話は少しズレますが、『向島百花園』は『隅田川七福神』の発祥の地ともなっており、ここに安置されている『福禄寿』を中心に神社仏閣を巡るようになっています。

 

 

 

 

 

 

これも、文人たちが集まりはじめて、のちに一般の江戸庶民たちに広まっていったことが、分かる材料のひとつですね。

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この他にも『湯島天満宮』や『亀戸天神社』、そして『谷保天満宮』と『関東三大天神』と呼ばれる神社も「梅」の名所となっていますが、これらはすべて「学問の神様」である『菅原道真』が主祭神となっています。

 

 

 

 

 

 

では、なぜ『菅原道真』を祀っている『天満宮』が「梅」の名所が多いかというと、これは単純に『菅原道真』が「梅」を好きだったからなんです。

 

 

 

 

 

 

「学問の神様」を祀る神社であるからこそ、文人たちが「梅見」をしに集まり、そこで和歌などを楽しむというのが『いき』だったんですね。

 

 

 

 

 

そして、現在でも特にこの時期になると、受験生が「合格祈願」として『天満宮』に参拝することが多いことから、他の一般参拝者は迷惑をかけて無いようにと、静かにゆっくりと眺めながら、「梅見」を楽しんでいる様子を良く目にします。

 

 

 

 

 

 

これも、江戸から伝わる伝統的な風物詩であり、大人としての気遣い『いき』なんでしょうね。

 

 

 

 

 

次の世代を温かく見守るという意味での。

 

 

 

 

 

たかが「梅」ひとつ取ってみても、ここまで深い意味合いがあると言うのは、やはり『日本人』に生まれて良かったなと改めて実感するばかりです。

 

 

 

 

 

 

そして、『天満宮』には必ずと言って良いほど「牛」の像が設置されています。

 

 

 

 

 

これは『菅原道真』が「丑年」に生まれたなどというのに由来していますが、今年はちょうど「丑年」にあたります。

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そう言ったところからも、是非「梅花見」を鑑賞にしに参拝してみたいですね。

 

 

 

 

 

 

これから満開の時期となりますからね。

 

 

 

 

 

 

また、2月の「午(うま)の日」は『年中行事』のひとつとして、『稲荷神社』に参拝して、「五穀豊穣」を願う風習があります。

 

 

 

 

 

 

特に今年は3回「午の日」がある事で珍しい年なのですが、その最後の「三の午」の日は、2月27日になります。

 

 

 

 

 

そして、この日はなんと『一粒万倍日』と『満月』が重なる非常によい『吉日』になっています。

 

 

 

 

さらに、土曜日ということで休日と重なっている方も多いのでは無いでしょうか。

 

 

 

 

 

 

この機会に、是非「梅花見」を静かに心を落ち着かせながら楽しみ、家族などと一緒に「お稲荷さん」を食べて、2月最後に良い週末にしてみてはいかがでしょうか。

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食生活

皆さんは「朝食」をしっかりと食べていますか?

 

 

 

朝にしっかりと食べるとその日の活動がスムーズに行くと良く言われていますが、特に『和食』の基本である『一汁三菜』というスタイルは栄養バランス的にも理想的なものとなっています。

 

 

 

 

 

また、2013年には『ユネスコ無形文化遺産』にも『和食』が登録されるなどで、さらに『和食』ブームが世界中で広まっていますね。

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(↑上記は『吉野家』さんの「特朝定食」を引用。)

 

 

 

 

 

主食である「米」はエネルギー源としての「炭水化物」と、「完全栄養食品」である「たまご」と、それを補う「魚」

 

 

 

 

そして「発酵食品」である「納豆」や「味噌」を使った「味噌汁」」の中の具に「わかめ」などの海藻類と「味つけ海苔」。

 

 

 

 

まさに完壁な栄養バランスですね。

 

 

 

 

 

 

 

とここで、面白い話がありまして実は『日本人』にしか消化が出来ない食材があります。

 

 

 

 

その食材とは。

 

 

 

 

『海苔』。

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2010年に『日本人だけしか生の海苔を消化出来ない』という研究結果が発表されました。

 

 

 

 

 

これは驚くべき研究結果ですね!

 

 

 

 

 

『日本』は海に囲まれた島国です。

 

 

 

 

今のように海外から食材を輸入出来なかった『日本人』は、自国で生産された食材を食べるしかありませんでした。

 

 

 

 

そんな中でも「海苔」は海に囲まれた島国だからこそ、食べていた食材のひとつになります。

 

 

 

 

他の国はほとんどが、大陸で国と国が繋がっていますからね。

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入手しようと思えばいくらでも入手出来ます。

 

 

 

 

 

そんな所から唯一、消化酵素が『日本人』の腸内で出来上がってきたんたんです。

 

 

 

 

 

長年かけての『日本人』の『遺伝子』が生きる糧を身につけていったんですね。

 

 

 

 

 

 

ただ、これは「生海苔」というだけで、加熱をすれば誰でも食べることが出来ます。

 

 

 

 

最近では、加熱処理をしたものがほとんどですので、外国の方でももちろん食べることが出来ますよ!

 

 

 

 

 

 

 

さて、逆に『日本人』のほとんど(正確には約7割)の人が、摂取出来ないものがあります。

 

 

 

 

それが、『牛乳』。

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先に言っておきますが、誹謗中傷を目的に書いているわけではございませんので、ご理解の程よろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

意外ですよね。

 

 

 

 

 

 

子供の時、給食では必ずと言って良いほど「牛乳」が出されており、良く男子なんかはおかわりをするために、ジャンケンなんかで争奪戦をしていたという記憶が残っています。

 

 

 

 

 

そんな『牛乳』ですが、ほぼ毎回でてましたよね。

 

 

 

 

たまに出る「コーヒー牛乳」や「イチゴ牛乳」の特別感と言ったら、それだけで興奮していたことを覚えていますが、実は『牛乳』は『学校給食法施行令』という法律で『牛乳』を出さなければいけいと決まっているのです。

 

 

 

 

 

正確には『ミルク』となっているので、「脱脂粉乳」なども含まれますが、現在ではそのほとんどが『牛乳』になっていると思います。

 

 

 

 

 

では、『日本人』の約7割が『牛乳』の何を摂取出来ないのか?

 

 

 

 

その答えは『牛乳』に含まれてる「乳糖」と呼ばれる糖質が『日本人』の約7割が分解出来ないんです。

 

 

 

 

それを「乳糖不耐症」と呼び、これに該当する人は『牛乳』を飲むと下痢をしてしまうんですね。

 

 

 

 

これは欧米人よりも東洋人の方が多く、特に農耕民族であった『日本人』はその消化酵素がグンを抜いて持ち合わせていないという研究結果になっています。

 

 

 

 

 

今まで、『牛乳』を飲んでお腹を壊していた皆さん、これで理由が分かりましたね。

 

 

 

 

でも、安心してください。

 

 

 

 

やはり、「カルシウム」を簡単に摂取出来るのは『牛乳』ですから。

 

 

 

 

1日に1リットル以上飲まなければ。

 

 

 

 

 

そしてもうひとつ。

 

 

 

 

 

『日本人』が摂取して分解しづらいものがあります。

 

 

 

 

それが『アルコール』。

 

 

 

 

 

欧米人などは『アルコール』を摂取した際の分解酵素の活性化がほぼ100%に対して、特に『日本人』の約半分以上の方がこれが活性化しない、もしくはもともと無いんです。

 

 

 

 

 

だから決して無理をして飲んではダメなんですよ。

 

 

 

 

 

『酒は呑んでも飲まれるな!』

 

 

 

 

これから暖かくなり、お酒を飲む機会が増えてくると思いますが、くれぐれも無理はせずに楽しく飲んで下さい。

 

 

 

 

そして、朝食をしっかりと取り健康に気をつけて日々の生活を過ごしていきたいですね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2月15日

 

『ハッピーバレンタイン!』

 

 

 

 

今年の『バレンタインデー』は皆さん、どーお過ごしだったでしょうか?

 

 

 

 

個人的には、日曜日ということもあり、娘が「マカロン」を作って先生にあげたい!と言い出し、その残骸を頂いたわけですが、「まず、わしちゃうんかい!」とツッコミを入れたくなる日でした。

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『バレンタインデー』の歴史は意外にも古く、『ローマ帝国』時代にはすでに存在していました。

 

 

 

 

キリスト教』圏内では恋人や家族と一緒に過ごすのが伝統的で、プレゼントや一緒に食事をしたりして過ごします。

 

 

 

 

ただ、『日本』の『バレンタインデー』と違うのは「男性」から「女性」へのプレゼントが当たり前なんです。

 

 

 

 

正反対ですよね。

 

 

 

 

 

 

さて、話は変わりまして翌日の2月15日ですが、何の日かご存知ですか?

 

 

 

 

実はこの日は『仏教』の教えを説いた『仏陀ブッダ)』の命日なんです。

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(↑上記は東京都調布市深大寺』の国宝『釈迦如来』を引用)

 

 

 

 

だから、この日が本当の意味での「仏滅」なんですね。

 

 

 

 

 

逆に誕生日を祝う日は『日本』では基本的に4月8日になりますが、今年はまさかの「仏滅」です。

 

 

 

 

 

そして「仏滅」は一般的には、お祝いこどなどをするには良くない日とされています。

 

 

 

 

 

それは、なぜかというと「仏陀ブッダ)ですら滅させる縁起の悪い日」となっているため、すべてにおいて凶日となっているからです。

 

 

 

 

 

ただ、逆に言うと肉体は滅んでも『極楽浄土』に行き、次に新たな姿に生まれ変わる『輪廻転生』の始まりであることから、「新たなスタートを行う日」という解釈もされています。

 

 

 

 

 

 

また、『お宮参り』や『七五三』など神社で行う行事も、特に問題は無いそうです。

 

 

 

 

『厄祓い』も神社で行いますが、むしろこの日にやった方が良い気にもなってしまいますね。

 

 

 

 

 

ようは、その時のその人の考え方次第で全ては変わるということです。

 

 

 

 

 

 

もともと、古代から海や山・川や森そして太陽や月など全てのものには神が宿っているとして考えられ、それを敬い『八百万の神』を伝承してきた『日本人』。

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その中でさまざまな過程から仏教やキリスト教など、その時の時代の変化によって取り入れてられ、それを『日本独自の文化』にしてしまうという発想。

 

 

 

 

 

素晴らしいですね!

 

 

 

 

 

だから、『バレンタインデー』も『クリスマス』も世界からは不思議がられる『日本独自の文化』が生まるわけです。

 

 

 

 

 

そんな中で、『仏陀ブッダ)』の本物の遺骨が我が国『日本』にあるのをご存知ですか?

 

 

 

 

『日本全国』にはいくつかあるのですが、中でも有名なのは、大阪府にある『四天王寺』。

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四天王寺』は『聖徳太子』が建立した「日本最古」の官寺(国が運営する寺)で、特に『五重塔』のイメージがある方も多いと思いますが、実はこの中に『仏陀ブッダ)』の遺骨が納められているのです。

 

 

 

 

 

そして、『仏陀ブッダ)』の遺骨の名が『仏舎利』といい、それを納めているのが『仏舎利塔』。

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この、本物の『仏舎利』が『四天王寺』にあるのです。

 

 

 

 

 

 

通説では、『聖徳太子』が建築に関わっていた寺院は『四天王寺』と「世界最古の木造建築」としても有名な『法隆寺』だけだったということ。

 

 

 

 

 

そして、『法隆寺』は『仏教』が広まった後の建築物ということ、『四天王寺』はその前に建てた寺院ということになります。

 

 

 

 

 

その『四天王寺』の『五重塔』の中にある『仏舎利』ということで、歴史的にみてもかなり貴重なものになるんです。

 

 

 

 

 

『仏教』という新たなものを広めた『聖徳太子』とその歴史的背景をみるだけでも、感慨深いものがありますね。

 

 

 

 

 

ここでひとつ気になるというか、何か聞いたことのあるような響きをしていませんか?

 

 

 

 

 

仏舎利』って。

 

 

 

 

 

かなで読むと『ぶっしゃり』。

 

 

 

 

 

 

そうです、「お寿司」の米の部分。

 

 

 

 

「シャリ」。

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仏陀ブッダ)』の遺骨である『仏舎利』は全世界で『仏教』圏内のさまざまな場所に持ち運ばれています。

 

 

 

 

でも、『仏陀ブッダ)』は人間なので、その骨の数は限りがありますよね。

 

 

 

 

 

そこで遺骨を細かく砕いて、よりたくさんの場所に渡り、ご利益が広まるようにとしたのです。

 

 

 

 

そして、その『仏舎利』のかたちが白くて小さい「米粒」に似ていたこと。

 

 

 

 

 

それから、『日本人』は元来、農耕民族でありさらに「江戸時代」の武家社会では「年貢」といって、「お米」が給料の代わりでした。

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そのような所から、「お寿司」の米の部分のことを「シャリ」と呼ぶようになったのです。

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いかに、『日本人』が「お米」を大事していたか、そして生活に欠かせないものかというのが分かりますね。

 

 

 

 

 

ちなみに、「寿司屋」では「醤油」の事を「むらさき」といいます。

 

 

 

 

 

その由縁は、まだ「江戸時代」初期の頃、江戸市民にとって「醤油」は大坂から船で運ばれて「米」の値段よりも8倍もする貴重なものでした。

 

 

 

 

 

また、古代から「紫色」は高貴な色で『天皇』しか着ることができませんでした。

 

 

 

 

 

 

そういったところから、江戸の武士や庶民たちの憧れの的となり、こう呼ばれるようになったのです。

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その後、千葉県など江戸近郊で『キーコマン』や『ヤマサ』などの発展していったおかげで、色も味も濃い「醤油」が江戸市内で普及していったのです。

 

 

 

 

 

そのおかげで、肉体労働が多い『江戸っ子』たちに「お寿司」・「蕎麦」・「天婦羅」などいわゆる『江戸前◯◯』がブームになり、現在まで親しまれていったんですね。

 

 

 

 

 

そんな、昔からものを大切にし、その時その場で臨機応変に『独自の文化』を築いてきたわたしたち『日本人』。

 

 

 

 

 

先人たちの知恵を借りて、これから先も新たな文化と古き良き文化を同調させ、発展してかなければならないと思います。