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世界最古の国『日本』

神社仏閣 旅行 グルメ 日本神話 歴史 都市伝説にまつわる事を書いています。是非ご覧ください。

戦国武将

去年の『大河ドラマ』が新型コロナウイルス感染拡大予防のために、第一回目の『緊急事態宣言』の影響で、延長され異例の年をまたいでの放送となっています。

 

 

 

 

 

さて、去年から今年初めにかけての『大河ドラマ』の題名は『麒麟がくる』ですが、その主人公は「明智光秀」になります。

 

 

 

 

明智光秀」とは、『本能寺の変』で「織田信長」を滅ぼし、その後「羽柴(豊臣)秀吉」によって滅ぼされるまで野間『天下』をとった、通称『三日天下』と呼ばれている武将であまり良いイメージが無い方のほうが多いのでは無いでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

でも、実は「明智光秀」と言う武将、かなりの戦略家であり、『天皇』や公家・そして『公方様(足利将軍)』など権力のある人物たちと関わりがある武将でもあることから、人脈にも秀でた武将でありました。

 

 

 

 

 

さて、ここからは少しぶっ飛んだ、私なりの解釈でこの戦国時代を駆け抜けたいわゆる『三英傑(織田信長豊臣秀吉徳川家康)』とその間の「明智光秀」についてお伝えしたいと思います。

 

 

 

 

 

 

当時は100を越える、さまざまな『戦国大名』がおり、『◯◯軍』などと言われてましたが、これはいまで言う「企業」みたいなものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな中で『織田軍』と言うのは、戦国時代後半の当時はもはや大企業になっています。

 

 

 

 

 

 

また、この時すでに『右大臣』に任命されていた「織田信長」。

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『右大臣』とは、幕末まで続いた『律令制』での行政・立法・司法(三権)を担当する最高機関で、その長官が『太政大臣』、次に『左大臣』、その次が『右大臣』の順となっている役職になります。

 

 

 

 

 

その『右大臣』という役職から長官である『太政大臣』になるか、もしくは成人した『天皇』の補佐役で、実質的に公家の最高位である『関白』か、それとも武家の棟梁である『征夷大将軍』になるかを選べ!と『天皇』から言われた「織田信長」。

 

 

 

 

 

ようは『三権の長』・公家の最高位・全国のあらゆる企業を参加にした大大企業の社長のどれかを選べ!と言われたのと一緒です。

 

 

 

 

 

これはさすがに相当なプレッシャーですよね。

 

 

 

 

だから、もう辞めたいみたいな事を考え始めてました。

 

 

 

 

 

それを「織田軍」のナンバー2(企業でいう副社長」の「明智光秀」とナンバー3(企業でいう取締役専務)の「豊臣秀吉」に相談。

 

 

 

 

 

「プレッシャーかかるし、もう辞めて余生を妻の「濃姫」と一緒にどこか静かな場所で暮らしたいなぁ。」などと。

 

 

 

 

そこで思いついたのが、『本能寺の変』。

 

 

 

実は、この3人がグルになって「信長」が死んだことするという希望を聞いてあげたのです。

 

 

 

 

 

そして、その結構役に選ばれたのがナンバー2である「明智光秀」。

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「光秀」は先述でも言った通り、『天皇家』・公家・そして公方様(室町幕府の棟梁)にも繋がっているし、次の社長になるには最適な人材だったんですね。

 

 

 

 

 

ただ、さすがに形だけとは言え、裏切りという行為は他の部下たちには納得出来ません。

 

 

 

 

そこでナンバー3である「豊臣秀吉」が「明智光秀」を仇を討つという形にしました。

 

 

 

 

 

 

 

そのかわり、「明智光秀」のその後の生活や家族の事は完全に保障するということで。

 

 

 

 

これは「秀吉」のある意味、成り上がる為の策略ですね。

 

 

 

 

 

さすがは農民出身の「雑草魂」といったところでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして『本能寺の変』後の『山崎の戦い』の、のちに「光秀」の身を隠すのに選ばれたのが『最澄』が創建した『天台宗 総本山 建暦寺』。

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というのも「信長」は生前、『建暦寺焼き討ち』を結構しており、その作戦担当だったのが「光秀」。

 

 

 

 

 

いくら当時としても、いきなり焼き払うなんてことは無く、何度も何度もの交渉の末のこの決断なので、僧の幹部と「光秀」とは、言わば顔見知りになります。

 

 

 

 

また、他の武将が降りてくる者を女・子供も含めて皆殺しにしている中、「光秀」だけは見逃していたなんて説も伝わっています。

 

 

 

 

 

そうした縁から『建暦寺』側からも受け入れてもらえたんですね。

 

 

 

 

 

さて、こうしてナンバー3でありながら、社長にまで上り詰めた『豊臣秀吉』。

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その後も破竹の勢いで全国を平定し、いよいよ『天下人』になりさらには『関白』という称号も手に入れるわけですが、この時に傘下となっており、強い企業(軍)だったのが、「徳川軍」です。

 

 

 

 

 

 

 

「家康」は子供のころ、一時期ではありますが「信長」のもとで人質として暮らしており、その後「今川義元」のもとに人質になってその「今川義元」が『桶狭間の戦い』で「信長」に敗れます。

 

 

 

 

 

この『桶狭間の戦い』で「今川軍」がバタバタしている間に、どさくさに紛れて「岡崎城(家康先祖代々の元々の本拠地)」を奪還。

 

 

 

 

こうした背景からこの「信長」の作戦に加わっていたのです。

 

 

 

 

 

 

 

さて、『関白』となり「朝鮮出兵」などで世界を手にしようとした「秀吉」。

 

 

 

 

 

この時、すでにかなりの高齢(「家康」も)で「私が死んだら、家康殿に今の地位を譲りたい。むしろ、お願いしたい。」と頼む「秀吉」。

 

 

 

 

 

それを承諾するナンバー2の「家康」。

 

 

 

 

 

 

 

「家康」にもようやく、陽の芽が当たってきましたね。

 

 

さぞ、ホッとしたでしょう。

 

 

 

 

なぜなら、「秀吉」もそろそろ寿命が尽きそうですから。

 

 

 

 

だから、自分は「秀吉」が死ぬまで絶対に生き抜くと。

 

 

 

 

しかし、その後「秀吉」に実子であるのちの「豊臣秀頼」が誕生。

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そして「秀吉」は「家康」にこんな事を言います。

 

 

 

「どうか、私が死んだのちも「秀頼」の力になり、『豊臣政権』を支えて欲しい!」

 

 

 

 

 

これを聞いた「家康」はさすがに「えぇぇ〜‼︎」と思った事でしょう。

 

 

 

 

 

苦笑いするしかないですよね。

 

 

 

 

 

そして、これを一緒に聞いていたのが『五大老』の重鎮、「前田利家」。

 

 

 

 

「利家」はもともと「信長」に可愛がられていた古参の「織田軍」です。

 

 

 

 

しかも、男色が当たり前だったこの時代。

 

 

 

 

「信長」の小姓として「信長」と体の関係があったという説もあるくらいです。

 

 

 

 

 

そして、『本能寺の変』の事実を知っているのは「秀吉」と「家康」だけ。

 

 

 

 

 

これは決して口には出せないことだし、きっと「秀吉」からの圧力もあったのでしょう。

 

 

 

 

 

そんなこんなで、「秀頼」が元服(成人)するまで『五大老』の筆頭として、補佐する役目を果たしながら、遠く江戸の開拓に力を注いでいました。

 

 

 

 

 

さて、この後いったいどのように、歴史は動いていくのでしょう。

 

 

 

 

それは次回のお楽しみに!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本の朝食

最近、ますます寒さを感じる季節となってきましたが、皆さんはどのような対策を取っているでしょうか?

 

 

 

 

今年の冬は新型コロナウイルスの影響もあり、簡単に咳をするのも白い目で見られてしまうと言う昨今ですが、心の底から早期終息を願うばかりです。

 

 

 

 

 

 

さて、つい先日ですが暦の上では『大寒』となり、その言葉通り極寒と感じた方も多かったのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

そんな『大寒の日』に食べると縁起の良い食べ物をご存知ですか?

 

 

 

 

 

その食べ物とは何を隠そう、『たまご』なんですね。

 

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別名を『完全栄養食品』。

 

 

 

 

 

目玉焼き・ゆで卵・たまご焼きに、たまご掛けご飯。

 

 

 

 

どれもその「黄身」と「白身」の見た目から食欲をそそる食べ物のひとつですが、実は冬の『たまご』は栄養価の高い食べ物として重宝されてきました。

 

 

 

 

 

その理由は、昔は外で飼育されている鶏が多く、エサもそれほど多くは無い季節に産むことによって、これほど滋養に効く食べ物は無いとされていたからです。

 

 

 

 

実際に、夏より冬のほうが水(湿度も低いですよね!)が少ないため、その中で『たまご』を産むことで鶏自身も大変な労力を使うんです。

 

 

 

 

そして、『たまご』自体も水分が少ないために、「黄身」の部分がより濃くなることでより一層、栄養価の高いものと考えられ、それを食べれば健康になるとして、『健康運』にご利益があるとなっています。

 

 

 

 

 

また、冬の『たまご』はその「黄身」の色が黄色であり、より色も濃いことから『金運』にご利益もあると言われています。

 

 

 

 

 

その際たるものが『大寒卵』。

 

 

 

 

 

一年で一番寒い『大寒の日』に産んだ『たまご』は、いまよりもずっと手に入りにくい物だったので、余計に縁起物として重宝されていたんですね。

 

 

 

 

 

さて、そんな『完全栄養食品』の『たまご』ですが、食物繊維とビタミンCは含まれいません。

 

 

 

 

 

それを補うのが、『日本人』の主食である『米』や『小麦』。

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『米』や『小麦』には食物繊維も含まれており、それと一緒に摂取することによって不足している栄養素を補うことができます。

 

 

 

 

さらに食物繊維とビタミンCは『大豆』や『海藻』に含まれていることから、『味噌』・『豆腐』・『わかめ』などといったものを合わせた『味噌汁』を飲むことによって、栄養素を全て取り入れることができるのです。

 

 

 

 

 

 

あれっ?

 

 

 

主食と副菜、汁は揃ったけどメインの主菜が無いじゃんと思った方、ちょっと待って下さい。

 

 

 

 

実は、最近の論文で新型コロナウイルス感染予防対策としてビタミンDを摂取するよう、たくさんの医師から要望すると言う記事が発表されました。

 

 

 

 

 

では、ビタミンDを含む食べ物とは何か。

 

 

 

 

それが魚類やキノコ類なのです。

 

 

 

 

特に魚類にはDHAなど人のからだではほとんどつくることが出来ない、必須脂肪酸の一種やカルシウムなども含まれており、中でも『シャケ』にはビタミンDが多く含まれているんです。

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(↑上図は『すき家』の『鮭納豆定食』を参照。)

 

 

 

 

 

そして、食事の際に一緒に飲む『緑茶』にも食物繊維・ビタミンCが含まれています。。

 

 

 

 

このことから分かることとは、まさに『日本の朝食』がベストなのです。

 

 

 

 

 

やはり『日本の伝統』とは素晴らしいですね!

 

 

 

 

 

 

そして、さらにビタミンDを無料で摂取出来る方法。

 

 

 

 

 

それが、『日光浴』。

 

 

 

 

 

特にこれからどんどんとポカポカ陽気になってくるので、日向ぼっこは健康面に置いても良かったんですね。

 

 

 

 

ただ、太陽光はも浴びてしまうので多くても20分・少なくても10分程度がちょうど良いとされています。

 

 

 

くれぐれも当たり過ぎないように。

 

 

 

 

とは言え、ゆっくりと時間が取れる休日などは朝に『日本食』を食べ、そのあと自宅の庭やベランダなどで日向ぼっこをしながらお茶を飲むなんて光景。

 

 

 

 

想像するだけで、心も身体もリフレッシュ出来そうですね!

 

 

 

 

『緊急事態宣言』で、不要不急の外出自粛を要請されているいま、「おうち生活」をしながらこのような健康維持を継続していきたいですね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大寒

いよいよ、本格的な寒さになってきましたが、皆さんはどのような「防寒対策」をなされているでしょうか?

 

 

 

2021年の『大寒』は1月20日でしたが、特に深夜から朝方に掛けては特に肌身に感じる寒さを実感し、目が覚めてしまうくらいの寒さでした。

 

 

 

 

 

さらに、朝には車の窓に水蒸気の結晶が貼るほどで、暦の上でも、そしてその名にふさわしい程の、まさに『大寒』だなと感じた朝でした。

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大寒』とは一年の中でも最も寒さに厳しい時期ですが、世界的にみても新型コロナウイルスの影響で、経済的には最も寒く厳しい時期となっています。

 

 

 

 

 

そんな中で、1月12日に「菅義偉」首相とある人物が電話で会談をしたという報道がありました。

 

 

 

 

その内容は、「『東京オリンピックパラリンピック』の開催は、新型コロナウイルス感染症の克服に向けて、世界に大きなメッセージになる。」と訴えたのに対して、「菅義偉」首相も「必ずやりきる!」と応じました。

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また、それと同時に『東京栄養サミット』の開催の期待にも双方のあいだで期待を示しました。

 

 

 

 

 

 

さて、このある人物とは一体誰だと思いますか?

 

 

 

 

 

勘の良い方はもうお気づきですよね?

 

 

 

 

 

 

マイクロソフト』の創業者である人物。

 

 

 

 

 

 

ビル・ゲイツ

 

 

 

 

 

そして、この会談にはもう一人同席した大企業の社長が居合せていました。

 

 

 

 

 

その大企業とは…。

 

 

 

 

 

サントリー

 

 

 

 

 

さて、何故『サントリー』の社長がここに居合わせたのかというと、実は『サントリー』はあるワインの『日本』での販売元になっています。

 

 

 

 

 

そのワインとは。

 

 

 

 

 

『ドメーヌ バロン ド ロートシルト ラフィット』

 

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そして、この親会社はあの世界最大の金融財閥の一族になります。

 

 

 

 

それが…。

 

 

 

 

 

ロスチャイルド家

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ロートシルト』とはドイツ語読みで、英語読みだと『ロスチャイルド』になるのです。

 

 

 

 

 

また、1月19日に内閣の『行政改革担当大臣』である、「河野太郎衆議院議員が新たに出来た担当大臣に任命されました。

 

 

 

 

 

 

そうです。

 

 

 

 

新型コロナウイルスワクチン接種 担当大臣』

 

 

 

 

 

 

『行政』とは、国や地方公共団体などの組織がが法律で決められたことを実施するものです。

 

 

 

 

例えば、電車やバスなどの公共施設・役所・はたまた一般家庭においてはガスや水道・電気、そして道路などに、そして子供たちが通う小・中学校などを法律の下で管理する組織のことです。

 

 

 

 

 

その『行政』を時代に合わせたものにしようと改革するのが『行政改革』であり、その担当大臣が『新型コロナウイルスワクチン接種』の担当大臣になったのです。

 

 

 

 

 

もう、お分かりですね。

 

 

 

 

接種しなければどうなるか…。

 

 

 

 

この2つの担当大臣になった「河野太郎」議員ですが、前『防衛大臣』でもあり、前職は今の『富士フイルム』。

 

 

 

 

 

富士フイルム』といえば「アビガン」など新型コロナウイルスのワクチンを開発に尽力を注ぎ、話題になりましたがそのワクチンを支援した団体があります。

 

 

 

 

 

 

『ビル&メリンダ ゲイツ財団』

 

 

 

 

 

 

点と点が全て繋がりましたね。

 

 

 

 

 

最も寒さの厳しい時期である『大寒』が過ぎ、季節はこれからどんどんと日も長く暖かくなってきますが、果たして我が国、いや全世界は明るい時代になるのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

そうなるためにも自分自身で色々な角度から情報を集め、共有し子供たち、孫たちの世代がより良い世界になるために努めていかなければいけないと、より一層感じた『大寒の日』でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かごめかごめ

さて、『緊急事態宣言』が発令され2週目の週末が終わりましたが、皆さんはどうお過ごしでしょうか?

 

 

 

 

銀座や秋葉原などでは週末の歩行者天国(通称:ホコ天)も中止となり、東京都が一丸となって外出自粛を要請しているのが分かります。

 

 

 

 

このように昼も夜もの不要不急の外出を自粛要請しているのにも関わらず、なぜ外出してしまうのでしょうか?

    

 

 

 

 

 

全く理解が出来ません。

 

 

 

 

 

個人的には3月に子供が産まれてるのと、子供たちがまだ小さいのでなるべく外に出るのは控えていますが、この「巣籠もり生活」の中でも新たな遊び方を見つけ、日々楽しんでいます。

 

 

 

 

 

そんな中でも、子供たちがよく歌っている『童謡』。

 

 

 

 

『童謡』と調べるだけでいくつも実はこう言う説があったなどと出てきますが、その最たるものが『かごめ かごめ』。

 

 

 

 

 

たくさんの研究者が色んな説を唱えています。

 

 

 

 

「『徳川埋蔵金』のありかを示している。」や、遊女の環境のことなどと。

 

 

 

 

 

ただ、私はちょっと違った解釈をしました。

 

 

 

 

 

そこでまずは歌詞をおさらいしたいと思います。

 

 

 

 

 

かごめ かごめ   かごのなかのとりは

 

 

 

いついつ   であう

 

 

 

よあけのばんに  鶴と亀がすべった

 

 

 

 

うしろのしょうめん   だれ?

 

 

 

 

 

と言う歌詞になります。

 

 

 

 

 

さて、この歌詞から読み解くできるのは。

 

 

 

 

まずは最初の歌詞。

 

 

 

かごめ かごめ   かごのなかのとりは

 ↓         ↓                               ↓

籠目  籠目      籠の中の鳥居は

 

 

 

 

 

いついつ   であう

 ↓                    ↓

何時何時   出会う

 

 

 

 

 

よあけのばんに   鶴と亀がすべった

   ↓                               ↓

夜明けの晩に     鶴と亀が滑った

 

 

 

 

 

うしろのしょうめん    だれ?

   ↓                                  ↓

後ろの正面        誰?

 

 

 

 

となります。

 

 

 

 

では、ここから解説。

 

 

まず、「籠目と」は籠の編み目のことをさします。

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何角形に見えますか?

 

 

 

 

そうです。

 

 

 

 

六角形。

 

 

 

そして、「籠の中の鳥居」とはまさに神社のことを指しています。

 

 

 

 

では、その鳥居の神社とは。

 

 

 

出雲大社

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では、なぜ『出雲大社』かと言うと『出雲大社』の『神紋』が六角形なんです。

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そして次に「何時何時 出会う」ですが、「出会う」と言うことばは、「外に出て敵に立ち向かう」と言ういみがあります。

 

 

 

 

そして、「夜明けの晩に 鶴と亀が滑った」とありますが、「夜明けの晩」とは『国譲り』の前のこと。

 

 

 

天皇制』が『日本』で開かれる前のことを指します。

 

 

 

 

天皇』の先祖神は『天照大御神』であり、『太陽神』ですから。

 

 

 

また、「鶴と亀が滑った」とは神社にいる神の使い「神使」のことを指します。

 

 

 

 

そして、神社で「鶴」が「神使」は『諏訪大社』。

 

 

 

また、「亀」は『松尾大社』になっています。

 

 

 

 

諏訪大社』の主祭神は『建御名方神タケミナカタノミコト)』です。

 

 

 

松尾大社』の主祭神は『大山咋神(オオヤマクイノカミ)』。

 

 

 

これだけでは分かりにくいですが、同じく『大山咋神』を祀っている『日吉大社』と言う神社があります。

 

 

 

 

日吉大社』は比叡山の麓にある神社ですが、ここには『大物主神』『大山咋神』が祀らており、この2柱の総称を『山王』と呼びます。

 

 

 

 

 

そして、『大物主神』は『大国主神』です。

 

 

 

 

また、『大国主神』の子供が『建御名方神』になります。

 

 

 

 

 

「滑った」とは負けたと言うことになります。

 

 

 

 

 

まとめると「『大国主神』と『建御名方神』(国津神)が負けて天津神に『国譲り』をした」となります。

 

 

 

 

そして、最後の「後ろの正面、誰?」は、その『国津神』の先祖にして最初の神様、『素戔嗚尊スサノオ)』を指しています。

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家系図を書くと先祖は後ろの方で正面は本人になりますもんね。

 

 

 

 

 

 

要するに、もともと『日本』は『素戔嗚尊』の家系が治めており、その後に『天照大御神』の家系が治めていった。

 

 

 

 

それを忘れてはいけませんよ!と言う意味なのです。

 

 

 

 

そして、その後初代天皇である『神武天皇』の義父が『大物主神大国主神』に『古事記』ではなっています。

 

 

 

 

また、正月に招き入れる『年神様』はその子である『事代主神コトシロヌシ)』で、別名を『恵比寿様』になります。

 

 

 

 

また『大国主神』は『大黒天様』。

 

 

 

 

七福神』の中に2柱も『国津神』がおり、新年の祝いには欠かせない存在となっているほど、大切に重んじられてきているのです。

 

 

 

さらに、10月は『出雲大社』に各地から神様が集まり会議が行われていることと、その議長が『大国主神』になっていることからも、それが分かります。

 

 

 

 

そして、『出雲大社』の神紋は以前は六角形に「有」と言う文字が入ったものも使われていました。

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これをよくみると「十」と「月」。

 

 

 

 

10月になるんですね。

 

 

 

 

10月とはまさに、『出雲大社』に神様が集まる月になります。

 

 

 

 

 

『日本人』が脈々と受け継いできた「先人たちを尊く敬う」と言う心。

 

 

 

 

これを忘れてしまってはもはや『日本人』とは言えません。

 

 

 

 

そのことを子供の時から伝えたかったのではないでしょうか。

 

 

 

 

『童謡』として。

 

 

 

 

 

 

また、10月は収穫の時期でもあり、古代から『五穀豊穰』を願ってきました。

 

 

 

 

その『五穀豊穰』の神様は、『大国主神=大黒天』・『事代主神=恵比寿』なのです。

 

 

 

 

なにか、いまの『食』に対してのにも通ずるところがありますよね。

 

 

 

 

 

さらに「有」と言う字。

 

 

 

 

これは『特別』と言う意味があります。

 

 

 

 

例えば、「有名人」とか「有事」とか。

 

 

 

 

 

そして、いままさに『緊急事態宣言』が発令し、『有事下』にあります。

 

 

 

 

そんな今の現状を、特別な事態とらえて行動し、『日本人』とはを次の世代に伝えて行かなければいけないとそう思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

関西と関東の味

2021年(令和3年)1月も早、半月が過ぎようとしていますが、「緊急事態宣言」が発令され、全国の大都市では、いよいよ本格的に外出自粛モードとなってしまいました。

 

 

 

そんな中での、大寒波が『日本』全土を襲い、日本海側では大雪が、東京都でも初雪が観測されるなどで、自然と「巣籠もり生活」になっている方も多いと思います。

 

 

 

 

 

 

また、去年から家庭で料理をする機会が増えたなんて方も多いのではないでしょうか?

 

 

 

 

 

「家庭の味」も、それぞれ味付けが違っており

夫婦ではどちらの味に合わせるなどがあり、『日本』の歴史や文化に触れることが出来る一番身近なものですよね!

 

 

 

 

 

特に、この時期によく食べられる「雑煮」などは各地域で味付けが全く違ったりするので、そこで新たな発見もできる面白いものになっています。

 

 

 

 

 

京都府などは「ダシ」に「白味噌」を使ったものだったりとなりますが、実は「関東」と「関西」ではこの「ダシ」自体が違うというのをご存知でしょうか?

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(↑上図は左側:京都府  右側:東京都)

 

 

 

 

 

 

と言うのも、『日本』の食文化は江戸幕府が始まる前までは関西、特に京都を中心として発展していきました。

 

 

 

 

 

そして、「ダシ」に欠かせない「鰹節」と「昆布」。

 

 

 

 

京都は「商人の町」とも言われいる「大坂(堺)」からも、ほど近い場所に位置していた事もあり、「昆布」・「鰹節」が比較的手に入りやすいものでした。

 

 

 

 

 

逆に江戸は「大坂(堺)」からは遠く、「昆布」も「鰹節」も手に入れにくいので、京都で使うものよりも、より一層乾燥をさせて保存の効くものを扱うようになりました。

 

 

 

 

だから、京都の方はまだ水分も残っている「荒節」を使い、江戸は水分がほとんどなく、カビの生えた「枯れ節」を使ったんですね。

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(↑上段 : 荒節   下段 : 枯れ節)

 

 

 

 

そんな熟成の違いから味の違いもあり、「荒節」は口にしたときに香りと魚っぽさはありますが、風味はインパクトはあるが、スッと消えていく味わいになるために、「昆布」や「煮干し」と一緒に「一番ダシ」として使うと相乗効果で良い旨味になり、「煮物」などにも適しています。

 

 

 

 

 

 

 

「枯れ節」の方はそれとは逆に、魚っぽさはそれほどなく、風味はスッキリしているが、口の中で最後まで味わいが残るため、「お吸い物」など、香りを楽しむものに適しています。

 

 

 

 

 

 

とこのように、関西では特に「ダシ」と使わられ、関東では料亭などの高級感のある「おつゆ」に使われてることが多いことから、関西では「おダシさん」・関東では「おつゆ」と呼ばれるようになったんですね。

 

 

 

 

 

 

また、関西は先述であげたように「昆布」が手に入りやすい環境だったので、「薄口醤油」などで「ダシ」本来の味を引き立てさせる味付けとなりました。

 

 

 

 

 

それとは逆に関東は「昆布」が手に入りにくかったので、江戸前など近海で採れた魚などで代用していたが、それだけでは薄味になってしまうので、「濃口醤油」などでしっかりとした味付けになっていきました。

 

 

 

 

 

 

関西は「公家」や「商人」の町で、見た目や華やかさを大事にしていた生活です。

 

 

 

仕事内容も、屋敷の中が中心になることが多いため、仕事中お日様に当たることも無いため、肌も色白。

 

 

 

そういった所からも、「おダシ」の色も白い方が好まれていたんでしょうね。

 

 

 

 

 

それとは逆に関東では、江戸の街を拡大していくために全国から職人たちが多く集まっています。

 

 

 

 

仕事内容も、外での仕事が中心で肌も色黒になり、汗もたくさんかきます。

 

 

 

そういったところから、塩分の補給のためもあり、色の濃い「おつゆ」が好まれていったんです。

 

 

 

 

 

そして、江戸の町人のソウルフードである「江戸前寿司」・「そば」・「天婦羅」。

 

 

 

 

 

 

なかでも「天婦羅」も関西と関東では違うのをご存知ですか?

 

 

 

 

 

もともと「天婦羅」は『オランダ』からの輸入品でしたが、それを「徳川家康」の大好物だったんですね。

 

 

 

 

そして、江戸と言う土地がらから、江戸前ではたくさんの魚介類が採れました。

 

 

 

 

ただそのまま揚げると生臭いので、その生臭さを消すために「ごま油」で揚げるようになったのです。

 

 

 

また、関東では衣も「小麦粉」と「卵」を使用していますが、「卵」は『子孫繁栄』の意味を持っています。

 

 

 

 

江戸は武家の町。

 

 

 

武士の本業は家系を守り抜くことです。

 

 

 

 

そう言った意味から武家、そして町人に広まっていき、現在でも大人気な「江戸前 天婦羅」が定着していったのです。

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江戸時代は火事の防止から屋台で振われることが一般的だった「天婦羅」。

 

 

 

 

揚げたて熱々の「天婦羅」を色の濃い「天つゆ」につけて外で食べるのなんかは、当時の人々にとっては至福の時だったんでしょうね。

 

 

 

 

 

その後、江戸が東京へと名称が変わりますが、依然として東京では「江戸前 天婦羅」が主流でした。

 

 

 

 

 

そんな中ある大事件が起きます。

 

 

 

 

 

それが。

 

 

 

 

関東大震災

 

 

 

 

この震災の影響で東京など、関東圏は壊滅状態になってしまいました。

 

 

 

 

そこで、「江戸前 天婦羅」の職人たちは東京の次に大都市である京都や大坂などの関西に行き、新たに商売を始めるようになったんです。

 

 

 

 

ただ、関西地方では素材を活かしたさっぱりとした味わいの方が好まれいるのと、もともと「京野菜」や「塩」名産品となっていたことから、「小麦粉」のみで「大豆油(サラダ油)」で揚げた「天婦羅」に「塩」を振って食べるようになっていったのです。

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「はっ、かっ、たのー塩っ!」

 

 

 

 

などCMでも有名ですもんね。

 

 

 

 

 

その後、東京など関東圏の復興により、帰ってきた天婦羅職人たちと、関西地方からの新参者の天婦羅職人たちによって、東京でも「天婦羅」に「塩」を振った食べ方が広まっていったんです。

 

 

 

 

 

やはり、食文化(歴史)とは面白いですね。

 

 

 

このように、食文化(歴史)を学びながら料理や食事をし、ストレスのかからない生活を楽しんでいきたいですね!

 

 

鏡開き

本日、1月11日は『鏡開き』の日になります。

 

 

 

『鏡開き』とはお正月に、『年神様』にお供えしていた鏡餅を家族みんなで「雑煮」や「ぜんざい(お汁粉)」にして頂く、『日本』の風習になります。

 

 

 

 

また、この鏡餅に『年神様』のパワーが宿るとされており、これを頂くことによって『年神様』の運気やパワーをもらうとともに、一年の無病息災を願うと言う意味があるんです。

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さて、なぜこの餅のことを鏡餅と呼ぶのかを知っていますか?

 

 

 

鏡は映すものであり、特に古代では祭祀や吉兆を占う際には必ず用いられるほど、大切な物でした。

 

 

 

現在でも、『伊勢神宮』系列の神社には必ず鏡が祀られていますよね。

 

 

 

この鏡とは。

 

 

 

 

 

そうです。

 

 

 

 

三種の神器』のひとつ。

 

 

 

八咫鏡(やたのかがみ)』

 

 

 

 

そして、この『八咫鏡』とは『天照大御神アマテラスオオミカミ)』の御神体になります。

 

 

 

 

もうお分かりですよね?

 

 

 

鏡餅「鏡」とは『八咫鏡』轢いては、『天照大御神』を表すものだったのです。

 

 

 

 

また、『年神様』のパワーを宿す(移す)と言うところからも、この形になり「鏡餅」と呼ばれるようになったのです。

 

 

 

 

 

そして、『鏡開き』の「開」という字。

 

 

 

 

 

神社の鳥居のように見えますね。⛩

 

 

 

 

実は『鏡開き』とは『古事記』などで、有名な『岩戸開き』のことなんです。

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天照大御神』は太陽神です。

 

 

 

『年神様』そして『天照大御神』のパワーを宿す餅をいただき、その年を明るい年にするといった意味があったのです。

 

 

 

 

 

また、『岩戸開き』で開いた岩を投げ飛ばした神様である、『天手力男アメノタヂカラオ)』は「力の神様」になります。

 

 

 

 

こういった所から「力もち」ということばがあるのです。

 

 

 

 

 

さて、話は変わりまして1月11日はもうひとつ、『蔵開き』の日となっています。

 

 

 

 

これは商家などが新年があけ初めて蔵に入っていたものを出して、出荷させる日となっており、この時に家族全員で集まり縁起物の鏡餅を「雑煮」や「ぜんざい」にして食べるという風習になります。

 

 

 

 

この「ぜんざい」の語源も面白く、一説には毎年、10月に『出雲大社』に神様がみんな集まり、「今年はどのような年であったか。そして、来年はどのような年にしていこうか?」などと話し合う会議が開かれています。

 

 

 

だから10月が出雲地方と長野県の諏訪地方以外では『神無月』とよぶんですね?

 

 

 

 

逆に神様が集まる出雲地方と諏訪地方は『神在月』とよばれています。

 

 

 

 

諏訪地方?と思う方もいらっしゃると思いますが、ここ諏訪地方で有名な神社の『諏訪大社』。

 

 

 

この神社の神社の主祭神は『建御名方神タケミナカタ)』になります。

 

 

 

 

建御名方神』は『大国主神オオクニヌシ)』の2番目の子で、水龍の神様でもあります。

 

 

 

 

龍である『建御名方神』はそのあまりに大き過ぎる姿のために、その場所にいながらでも『出雲大社』に届いてしまうために、この地域でも『神在月』と呼ばれているのです。

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話は戻しまして、この会議の時に振る舞われるのが「神在餅(じんざいもち)」であり、これが訛って、「ぜんざい」となったという説があります。

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実際、『出雲大社』の参道には「ぜんざい屋」が多くあり、名産品ともなっているので訪れた際には、是非ご賞味ください。

 

 

 

 

 

 

また、「雑煮」も日本各地で味の違いがあり、京都府など関西地方では「白味噌」を使った「雑煮」が定番となっています。

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私はまだ食べたことが無いので是非、一度は食べてみたいですね。

 

 

 

 

 

そんなたくさんの歴史が詰まった1月11日。

 

 

 

 

皆さんも家族団欒で楽しい『鏡開き』にして下さい。

 

 

 

十日戎

ついに東京都・埼玉県・神奈川県・千葉県の1都3県で『緊急事態宣言』が発令され、大阪府京都府兵庫県も政府に『緊急事態宣言』を政府に要請したことによって、全国的に飲食店や商業施設なども午後8時までの営業自粛となってしまいました。

 

 

 

いよいよ外出自粛が本格的になり、これによってさらに今までとは違う社会のかたちになっていくと予想がつきますが、まだまだ新年が始まったばかりです。

 

 

 

 

そんな中、毎年1月10日に全国各地で行われている『年中行事』をご存知でしょうか?

 

 

 

 

 

 

その『年中行事』とは『十日戎(とおかえびす)』。

 

 

 

兵庫県の『西宮神社(にしのみやじんじゃ)』などが有名です。

 

 

 

 

西宮神社』では毎年、正月の風物詩(西日本は1月15日まで『門松』を飾っている地域もあります)でもある、『福男選び(正式名称は『十日戎開門神事福男選び』)』が行われています。

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さてなぜ、この日にこの場所で行われているかと言うと、実は毎月10日は『恵比寿さまの縁日』になります。

 

 

 

そして、この『恵比寿さま』を祀る神社(えびす神社)は『日本』に約3500社があり、その総本社がここ、『西宮神社』になっているからなんですね。

 

 

 

 

また、毎年1月10日前後の3日は『恵比寿さま』のエネルギーが最も高まる日とされており、9日は『宵えびす』・10日は『本えびす』・11日は『残り福』と呼ばれ、たくさんの参拝者で賑わいます。

 

 

 

 

 

 

 

そんな『本えびす』の10日、午前4時に本殿では『十日えびす大祭』が執り行われおり、それが終わる午前6時に、表大門が開門され、その瞬間から参拝者が本殿まで230mを一気に走って、順位1着から3着がその年の『福男』に選ばれるんですね。

 

 

 

 

例年であれば約5000人が集まるこの『福男選び』。

 

 

 

 

その中で1着・2着・3着になるんですから、まさに『福男』‼︎

 

 

 

 

そして『福男』に選ばれた3名が周りの人たちに『福』を分け、それが巡りに巡って大きな『福』を得るとされているこの『年中行事』。

 

 

 

 

是非一度は参加してみたいですね。

 

 

 

 

 

ただ、今年は新型コロナウィルスの影響でこの行事自体が中止になってしまいましたが…。

 

 

 

 

 

そんな『十日戎』ですが、『福男選び』以外にも『福笹』と言う、笹に『恵比寿さま』や小判・鯛などを飾った縁起物の授与できるので、是非手に入れたいものですね。

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また、『恵比寿さま』は漁業や商業の神様であり、そんなご縁から『西宮神社』では『恵比寿さま』の前に巨大な「マグロ」が供えられています。

 

 

 

 

その「マグロ」に硬貨をペタペタと貼って、『商売繁盛』を祈願する風習があります。

 

 

 

 

 

商人の町・大阪からもほど近い『西宮神社』。

 

 

 

たくさんの参拝者が訪れるのも分かる気がしますね。

 

 

 

 

そんな『十日戎』、来年こそは是非開催して欲しいものです。

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

松の内

本日で2021年(令和3年)早くも7日が経とうとしていますが、皆さんはどんな『お正月』をお過ごしだったでしょうか?

 

 

 

さて、1月7日といえば特に関東地方では『門松』などの飾りを納める日になります。

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また、関西では1月15日になっていますが、なぜ関東と関西の違いがあるかご存知でしょうか?

 

 

 

 

実は、江戸幕府に深く関係しているんです。

 

 

 

 

 

まず、『門松』には『年神様』が元旦にやってくる目印になっており、お供え物となる『鏡餅』に『年神様』が宿ると言われています。

 

 

 

 

そして、この期間のことを『松の内』と呼ばれています。

 

 

 

 

 

江戸時代初期までは、全国的に『松の内』は1月15日までとなっていました。

 

 

 

 

そして、『鏡餅』も1月20日となっていたんです。

 

 

 

 

しかし、3代将軍の「徳川家光」が4月20日に亡くなると、縁起の悪い月命日の20日を避け、1662年に徳川幕府から「『松の内』の飾りをしまうのは、1月7日に決定した。」と言うお達しが下されました。

 

 

 

 

そして、このお達しが関西地方まで、正確に伝わらずに、現在まで関西ではそのまま1月15日が続いていき、関東では1月7日に変わっていったのです。

 

 

 

 

また、『年神様』の宿る『鏡餅』を開く(包丁など刃物で「切る」とは、武家社会では「切腹」を連想させるので、忌み嫌われていました。)『鏡開き』は関東地方では1月11日。

 

 

 

 

関西地方では、1月15日もしくは20日になっていったのです。

 

 

 

 

さて、この『松の内』で飾っていた『門松』や『注連縄』はその後、どうするかと言うと、神社仏閣に持っていき「お焚き上げ」をするか、もしくは各地域でやっている『どんど焼き』で

火ともとに『年神様』を見送るという風習が一般的になっています。

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この『どんど焼き』も15日に行う地域も多いですが、最近では「成人の日」が1月15日から1月の第2週月曜日が祝日となったので、この日に『どんど焼き』を行う地域も増えてきています。

 

 

 

 

また、『門松』や『注連縄』をそのまま取っておき、翌年に使うと言う方も多く、その場合は直接保存するのではなく、何かに包んでの保存の方が良いかもしれませんね。

 

 

 

 

案外、結構な値段もするし、せっかく買ったのが痛んでしまってはもったいないですから。

 

 

 

 

 

さて、1月7日といえばもうひとつ大事な『年中行事』があります。

 

 

 

 

 

それが『人日の節句(じんじつのせっく)』です。

 

 

 

 

これは『五節句(ごせっく)』といって江戸時代から公的な年中行事の中で、特に重要とされている5つの節句があり、そのなかで年で一番最初の節句になります。

 

 

 

 

別名を『七草の節句』とも呼ばれています。

 

 

 

 

また、この日に食べる料理として『七草粥』がありますが、元々は『お節料理』などで疲れた胃や身体を休めるためだけに食されただけではありませんでした。

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今でこそ野菜が手に入る時代ですが、そうでなかった時代では、冬は野菜がなかなか手に入らなかったために、不足がちな栄養素を補うことを目的ともしており、そこから転じて「万病に効く料理」として食されていたのです。

 

 

 

 

 

この歴史は平安時代から食されていたとして、かなり古くあの『枕草子』にも描かれるほどでした。

 

 

 

また、江戸時代には公式行事として幕府では将軍の他、大名からその部下の武士までが一同に介して『七草粥』を食事するという公式行事もあったほどです。

 

 

 

 

さて、『七草粥』は7種類の植物をお粥にまぜて食べますが、その種類がなんなのか分かっている方は意外と少ないとおもいます。

 

 

 

 

「セリ・ナズナ・仏の座・カブ・大根・ハハコグサハコベ」になります。

 

 

 

また、現在では『七草粥』にプラスして「梅干し」や「たまご」などを入れたりして、季節の味を楽しむのも良いですよね。

 

 

 

 

私も去年までは毎年、居酒屋のサービスでこの日だけ『七草粥』が振る舞われていたので、それが楽しみでした。

 

 

 

「緊急事態宣言」も発出され、今年は自宅での楽しみとなりましたが、こういった旬の物を歴史(『日本』の風習)を学びながら食べ、次の世代に伝えていきたいですね!

 

 

 

 

 

 

 

七福神

 

本日で『正月 三が日』も終わり、明日から仕事始めと言う方も多いと思いますが、如何お過ごしだったでしょうか?

 

 

 

さて、『初詣』は住まいの『氏神様』や思い入れのある神社仏閣に参拝する方が多いと思われますが、それと同じくらい人気の参拝があります。

 

 

 

それが『七福神巡り』になります。

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室町時代からこの『七福神巡り』は始まり、江戸時代には全国的も広まっていたとても縁起の良い巡礼であり、特に東京には各地域で盛んに行われている風物詩でもあります。

 

 

 

 

また、一年を通りして行なっている場所や、期間限定で行なっている場所、そしてそれぞれ授与品の違いもあるので、じぶんの好みに合わせて楽しみながらまわることができるのも、ひとつの魅力になります。

 

 

 

 

そんな中で江戸最古と言われている『七福神巡り』が『谷中七福神巡り』です。

 

 

 

ここの『七福神巡り』は現在、東京都にある『七福神巡り』の中で唯一『寺院』だけをまわる『七福神巡り』になっており、約2時間程度でまわることができます。

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また、江戸時代から現在まで江戸(東京)の中心にある『日本橋 七福神巡り』というのもあります。

 

 

 

 

ここの『七福神巡り』は先程の『谷中七福神巡り』とは逆に、唯一『神社』のみで構成された

七福神巡り』になります。

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例年ですと、上記↑のような『宝船』と『御神像』が授与品として頂けるのですが、今年は新型コロナウィルスの感染拡大を防ぐため、中止になってしまいました。

 

 

 

 

一刻も早く終息して、また授与品を頂きたいと切に願うばかりですね。

 

 

 

 

 

さて、『七福神』にはさまざまなご利益がありますが、それぞれの神様にご利益があります。

 

 

 

 

 

まず、唯一の『日本』生まれの神様である『恵比寿(えびす)さま』

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この神様は釣り竿に、大きな鯛をもっている姿で表されているのが多く、そこからもわかるように、『大漁祈願』、そこから派生していき『商売繁盛』・『五穀豊穣』のご利益があります。

 

 

 

 

次に『恵比寿さま』とよく一緒に祀られている『大黒天さま』。

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この神様は『打ち手の小槌』を持っていることからも分かるように『財宝』、また『恵比寿さま』の父親と言うことから『子孫繁栄』・『開運』にご利益があります。

 

 

 

 

 

毘沙門天さま』は武器と宝塔(仏陀の遺骨を納めている塔)を持っていることから、『勝負運』・『厄除け』にご利益があります。

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戦国時代の有名な武将である「上杉謙信」は、この『毘沙門天さま』を深く信仰しており、旗印にも『毘』という字を使うほどでした。

 

 

 

 

七福神』の中で紅一点の『弁財天さま』は琵琶を弾く天女のような姿が多いことからも分かるように『美容』・『音楽・芸能』、そして蛇の使いでもあることらから『財運』にご利益があります。

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『布袋さま』は唯一実在の人物(僧)をモデルとしたとか、仏陀の生まれ変わりの『弥勒菩薩』の化身とされている神様で、その着物もはだけたデカイ太鼓っ腹といつもニコニコとしている容姿から『笑門福来』・『人徳』・また『夫婦円満』にご利益があります。

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そして『寿老人さま』は『南極老人星カノープス)』の化身とされている神様です。

この『南極老人星カノープス)』は太陽以外では、「シリウス」の次に明るい恒星でもあるにも関わらずに、その高度があまりにも低いために、北半球ではほとんど見れない場所に位置しています。

また「カノープス」は地平線近くにあり、大気汚染や暑さによる蜃気楼などによるものでもほとんど見えないところから「戦争のない平和な時代にしかやってこない神様」として信仰があり、そこから『長寿延命』・『子孫繁栄』のご利益があるとされようになりました。

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そして最後の『福禄寿さま』は、実は『寿老人さま』と同一星の化身とされており、ご利益もほとんどが同じです。

 

 

 

ただ、『寿老人さま』の容姿が鹿を従えて、杖に巻物をさげ、もうひとつの手には桃を持っている容姿から『諸病平穏』のご利益があります。

 

 

反対に『福禄寿さま』は鶴や亀を従えている容姿から『立身出世』のご利益があります。

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と、ここまで『七福神』それぞれの神様のご利益をご紹介してきましたが、やはりこのご利益が全部合わさったら最高のご利益ですよね!

 

 

 

 

首都圏では1都3県が昨日、政府に『緊急事態宣言』の要請をしました。

 

 

この現状が良くならなければ、なかなか参拝には行けませんが、それぞれ個々で自粛努力をし、いつかおさまった時にまた以前のように『七福神巡り』をしてみたいものです。

 

 

 

また、『七福神巡り』が出来ない状況でも心の中で思うだけや、プリントアウトをして部屋に飾るだけでもご利益があるに違いないので、皆さんも是非お試しください。

 

 

 

 

 

 

三が日

『令和3年(2021年)』を迎え、初詣への参拝、その後は家族一同で集まり豪華な「御節(おせち)」などを食しながら、御神酒(おみき)を頂くなんて方も多いのではないでしょうか。

 

 

 

 

家族一同で集まり、子供たちは「お年玉」を貰い大いに喜ぶ様子をみて毎年、大人も子供も笑顔になり、大人はさらにお酒がすすみ家中に笑い声が鳴り響くなんていう光景が目に浮かびますね。

 

 

 

 

 

『お正月』は毎年、『年神様』を迎え入れてその年も良いであるようにと願うものですが、実はこの「笑顔や笑い声」を聞いて『年神様』がやってくるとも言われています。

 

 

 

 

「おっ、ここの家は楽しそうだな!」と楽しいところには顔を出してくれ、さらに幸せを与えてくれるんです。

 

 

 

 

そんな『年神様』の訪問の目印となるのが『門松』。

 

 

 

その『年神様』へのお供え物が『鏡餅』なんです。

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そして『年神様』とは『スサノオ国津神)』の子供です。

 

 

 

また、『七福神』でも有名な『大黒天』はあの『国譲り』で有名な『オオクニヌシ』。

 

 

 

 

その『オオクニヌシ』の息子の『事代主(コトシロヌシ)』が『恵比寿』なんですね。

 

 

 

 

 

さらに、『アマテラス』と『スサノオ』の誓約の時に『スサノオ』の剣を『アマテラス』が噛み砕いて、噴き出したときの息の霧でうまれたのが『宗像三女神』であり、その三女である『市寸島比売(イチキシマヒメ)』が『弁財天』になるんです。

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そして、その次女の『多岐都比売(タギツヒメ)』が『年神様』の母です。

 

 

 

 

余談ですが、この誓約は『スサノオ』も『アマテラス』のつけていた勾玉を噛み砕いており、その噴き出した息の霧でうまれた神様が2代目の『雨忍穂耳尊(アメノオシホミミ)』。

 

 

 

 

その子が『天孫降臨』でも有名な『瓊瓊杵尊ニニギノミコト)』であり、その孫が初代天皇神武天皇』になっていくんです。

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話は戻りまして、「めでたい(鯛)」という語呂合わせから縁起物として、「鯛」がよく食べられます。

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『恵比寿さん』も持っている魚が「鯛」なので、さらに縁起物となっていますが、その中でも「鯛の鯛」、もしくは「鯛中鯛(たいちゅうたい)」というのをご存知でしょうか?

 

 

 

これは、「鯛」の頭らへんにある骨のことですが、その形が「鯛」に似ていること・めでたい(鯛)の中にさらにめでたい(鯛)形として、江戸時代から縁起物と喜ばれているんです。

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他にも、『御節』にはそれぞれ縁起物として意味がありますが、正直なところ現代では『クリスマス』から『正月』まで一貫しての休みという人も多いと思います。

 

 

 

 

そんな時に『三日とろろ』と言って、1月3日に「とろろ」を食べる風習があるのをご存知でしょうか?

 

 

 

 

 

特に、東北・関東・信越地方などで、正月料理やお酒で疲れている胃を休めるために消化の良い「とろろ汁」や「とろろ飯」といったものを食べる風習です。

 

 

 

 

私の母の実家が「青森県」なのですが、毎年送ってくるので、年を取ってきているせいか、それをすって「とろろ飯」にして食べるのがここ1〜2年の定番となりつつあります。

 

 

 

 

今年は、特に外に出るのにも気を使っての『お正月』なので、余計に「寝正月」となっているので、こうした食べ物でからだを休めたいですね。

 

 

 

 

 

『正月 三が日』もあと1日で終わってしまいますが、皆さんも楽しい『お正月』をどうかお過ごし下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

令和3年 謹賀新年

『新年、あけましておめでとうございます。』

 

 

 

昨日で『令和2年(2020年)』も終わり、今日で新たな年を迎えることが出来ました。

 

 

 

 

昨年は全世界で大変な一年となってしまいましたが、今年こそは良い年にしたいですね!

 

 

 

 

 

 

 

 

今年の『初詣(はつもうで)』はさまざまな神社仏閣が『幸先詣(さいさきもうで)』や、『分散参拝』をすすめていますが、大晦日から三ヶ日にかけて、『日本列島』は数年に一度の大寒波にみまわれています。

 

 

 

特に「日本海」側では大雪になるとの予報になっているのは、天気(地球)からも『「不要不急の外出」は自粛して下さい!』とでも言われている気がしてしまうのは、私だけでしょうか。

 

 

 

それでも、外に出て感染拡大に拍車をかける行動を取っている国民に対して、ある意味での『監視』のような気がしてなりません。

 

 

 

 

例えば、携帯会社のビッグデータをもとに東京都では「渋谷」や「六本木」など前週よりにも何%の増・減などが毎週末、報道がありました。

 

 

 

 

ほとんどの人がこの報道に対して軽く流しているかもしれませんが、これはもはや、どのような人がどのような行動をとっているか『監視』されているということですよね。

 

 

 

 

このような状況で「イ◯スタ」とか。

 

 

 

自ら、「私は国や自治体の要請を拒否しています!」と言っているようなもの。

 

 

 

 

以前、Mr.都市伝説 関◯夫さんが言っていた「SNSに余計なものを書き込むな!」というのが本格的になっている気がしますね。

 

 

 

 

 

 

さて、話は変わりまして、『初詣』では神仏の前で『賽銭箱』に『お賽銭』を入れますが、実は神社と寺院ではそのやり方が違うというのをご存知だったでしょうか?

 

 

 

 

神社での『お賽銭』は、『氏神様』やご縁のある『神様』に、普段からの感謝の気持ちを込めての参拝のために「そっと、丁寧に」入れ、その後に『2礼2拍手1礼』で『願』かけをします。

 

 

 

 

 

 

それとは逆に寺院では、煩悩や私欲を捨てるという意味があるために『お賽銭』を「投げ」入れ、その後合掌をして『願』かけをするんです。

 

 

 

 

また、語呂合わせから「5円=ご縁」がありますようにと5円玉を使用する方も多いと思いますが、実は貨幣を『お賽銭』として使用し始めたのは『室町時代』からとなっています。

 

 

 

 

そして、5円玉や50円玉は真ん中に穴が空いることから「見通しが良い」とされていますが、これは1949年以降に流通するようになっているので、実はあまり歴史的には浅いんです。

 

 

 

 

 

要は金額よりも『気持ち』が大事って事ですね。

 

 

 

 

 

そして、戦後まもない時期にこの穴の空いた5円玉が発行されたデザインにも、ある理由がありました。

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それは、

裏面の穴の周りの歯車=工業

 

水面=水産業

 

稲穂=農業

 

 

表面の双葉=林業

 

そして「民主主義」となった『日本』が成長していく。

 

 

というこの全てを1枚の硬貨で表しています。

 

 

 

 

このような所からも、縁起の良い5円玉が『お賽銭』に使われてるようになっていったんでしょうね。

 

 

 

 

 

 

昨年から全世界でも新たな行動のやり方になった今、生活様式も一変した方も多いと思います。

 

 

 

さらに『丑年』はゆっくり着実に歩くとこから『忍耐』や『種子の芽生え』となっており、何かいまの時代に重なります。

 

 

 

 

 

そんな中で5円玉のデザインにかけられた『願』の意味を知り、『お賽銭』を入れることで、また新たな時代に向かって、良い方向になっていくような気がしますね!

 

 

 

なぜから、このような伝統があるのは『世界最古の国 日本』だけなのですから!

 

 

 

幸先詣

「もう、いくつ寝るとお正月〜」

 

 

 

と、あと少しで令和2年も終わり、新年を迎えようとしますが『幸先詣(さいさきもうで)』というのをご存知でしょうか?

 

 

 

 

 

『幸先詣』とは読んで字のごとく、「幸先よく新年を迎えられますように」と正月になるまえにお詣りに行くというものです。

 

 

 

 

「今年もありがとうございました、来年もよろしくお願いします。」などと『氏神様』やご縁のある神様・仏様にお詣りすると、よりいっそう新年を気持ちよく迎えられそうですね。

 

 

 

 

 

正月三ヶ日にお詣りに行くよりも、実は年越し前(特に大晦日)にお詣りするほうが神様・仏様に話を聞いてもらいやすく、ご利益が大きくあるとも言われているんです。

 

 

 

 

というのも、三ヶ日はたくさんの人が『初詣』

で参拝し、たくさんのご利益をもたらせようと神様・仏様たちも大忙しになるんですね。

 

 

 

 

それよりは年末に参拝すると、参拝者も少ないので、願を聞いてもらえやくなります。

 

 

 

何かこの辺は、人と一緒ですね。

 

 

 

私たちも何人もの人の話を聞くとゴチャゴチャになってしまいますが、1人2人くらいなら親身になって話を聞けますもんね。

 

 

 

また、神社仏閣では『煤払い』なども終えている綺麗な状態になっていて、『冬至の日』を過ぎた、いわゆる『一陽来復(いちようらいふく)』であるため、パワーも最高潮になっているので、ご利益が大きくなるんです。

 

 

 

 

 

今年は新型コロナウィルスの感染拡大の防止のために、たくさんの神社仏閣でも『幸先詣』・『分散参拝』をすすめているので、これを機会に『年末詣』をしてみたいですね。

 

 

 

 

 

さて、12月13日の『正月事始め』から12月30日までに大掃除や門松・しめ縄など『年神様』を迎える準備などで何かと大忙しですが、我が家でも何年ぶりかに飾ることが出来ました。

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あとは『大晦日』はゆっくりとして、新年を迎えるだけですね。

 

 

 

 

それでは皆様、良いお年をお迎えくださいませ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスマス

「クーリスマスが今年もやってくる!」でお馴染みの、「竹内まりや」さんの歌うKFCのCMを耳にすると、いよいよ『クリスマス』が近づいてきたなぁと感じると同時に、「今年ももう年の瀬か。1年間、あっという間だったなぁ。」と実感する時期になってきました。

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そんな『クリスマス』ですが、皆さんはどうお過ごしでしょうか?

 

 

 

 

今年は全世界での新型コロナウィルスが猛威を振るい、さらに追い討ちをかけるようにこの時期に変異種の感染など、何かと気をつけてながらの『クリスマス』を迎えていると思います。

 

 

 

 

 

 

さて、『クリスマス』はなんの日かご存知ですか?

 

 

 

 

キリスト教』の信者が世界的にみても少ない我が国『日本』の人々の中には、『イエス・キリスト』の誕生日だと思っているのも多いのではないでしょうか。

 

 

 

 

実は誕生日では無いんですね。

 

 

 

 

では、何かって?

 

 

 

 

 

実は『イエス・キリスト』の誕生日ではなく、誕生を祝う日だったんです。

 

 

 

 

 

古代ローマ』では、12月25日を「不滅の太陽が生まれる日」とされ太陽神を祝う『冬至の日』の祭があり、それを引き継いで西暦325年に『第一ニカイヤ公会議』で、『イエス・キリスト』の誕生を祝う日を12月25日に決定しました。

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それから今日にいたるまで、毎年12月25日が『クリスマス』になっているんですね。

 

 

 

 

 

さて、『クリスマス』と言えば、なんと言っても『サンタクロース』ですよね!

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子供の頃は、毎年プレゼントを貰えるというので、本当に楽しみな日のひとつでした。

 

 

 

 

この『サンタクロース』にはある聖人がモデルがいるのをご存知ですか?

 

 

 

 

その聖人の名は『聖(セント)ニコラウス』。

 

 

 

これがオランダ語では「シンタクラース」と呼ばれており、その後アメリカに渡ったオランダ人が『サンタクロース』と伝えことから、この呼び名が広まっていきました。

 

 

 

 

 

『聖(セント)ニコラウス』にはさまざまな伝説が残っており、例えば「ある同じ町に暮らす少女が身売りをしなければならなくなった時に、夜になってから『聖ニコラウス』がその家の窓から金貨を投げ、それが暖炉の下にあった靴下の中に入り、少女の家族を救った』などの

逸話があります。

 

 

 

 

このことから、『サンタクロース』は靴下の中にプレゼントを入れると言う風習が出来たんですね。

 

 

 

 

また、「クリスマス・ツリー」は『旧約聖書』の『アダムとイブ』が食べた林檎の木をモチーフにしているところから、いまでも「クリスマス・ツリー」には林檎の装飾が施されているんです。

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そして、『クリスマス』の定番の曲、『ジングルベル・ベル』。

 

 

 

 

この曲は、アメリカのある財閥の創始者の叔父で牧師であった人が作りました。

 

 

 

 

そのある財閥とは。

 

 

 

『モルガン財閥』

 

 

 

 

『モルガン財閥』はアメリカ5大財閥のひとつとして、名を馳せていますが、実は現在は『ロックフェラー財団』の傘下にあります。

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そして、それ以前は『ロスチャイルド財閥』から支援を受け、成長してきた財閥です。

 

 

 

 

『日本』では『クリスマス』になると『KFC』を食べるのがかなり定番のひとつとなっていますが、この企業は『ロックフェラー財団』の傘下であり、『KFC』の傘下にある企業が『ペプシ・コーラ』です。

 

 

 

 

また、現在『サンタクロース』の着ている服は赤と白の色ですが、これはある企業の宣伝から定番となっていきました。

 

 

 

 

その企業とはまさに、ケンタッキーを食べる時のお供の代表的な飲みもののひとつ。

 

 

コカ・コーラ

 

 

 

 

コカ・コーラ』のイメージカラーをそのまま『サンタクロース』に当て、イメージ戦略を作り、定番していったんですね。

 

 

 

 

ちなみに『サンタクロース』は『商売の守護神』ともなっているので、こう言ったところからも世界的に広まったのは、戦略のうちだったのでしょう。

 

 

 

 

さて、先程『モルガン財閥』・『ロックフェラー財団』・『ロスチャイルド財閥』と世界征服陰謀論などでは必ず出てくる名前ですが、これらはある秘密結社に入っていると言われています。

 

 

 

 

その秘密結社とは。

 

 

 

 

イルミナティ

 

 

 

 

都市伝説好きな方には有名な秘密結社ですが、実は『クリスマス』にも欠かせない、ある物と繋がっています。

 

 

 

 

それが。

 

 

 

 

『イルミネーション』

 

 

 

 

完全に、名前を使っちゃっていますよね。

 

 

 

 

実際、「光輝く」と言うところから、「イルミ」を取ったと言う説もあるくらいです。

 

 

 

 

 

また、『日本』の国民に広まったのは、『大正天皇』が崩御された日が12月25日であった(戦前までは前の『天皇陛下』が崩御された日が休日になっていました。)ことから、認知度が増えていったと言われています。

 

 

 

 

 

さて、『クリスマス』の英語表記では『Christmas 』と書きますが実はこのことばは2つの単語が重なったことばになっています。

 

 

 

それが。

 

 

 

『Christ +Mass』

 

 

 

 

『Christ』とは『イエス・キリスト』。

 

 

『Mass』とは『ミサ(キリスト圏内で礼拝するための儀式)。

 

 

この2つが合わさって、『Christmas 』ということばができたんです。

 

 

 

 

と、このように様々な視点から見ても面白い『クリスマス』。

 

 

 

 

 

皆さんも是非、素敵な楽しい良い1日をお過ごし下さい♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新時代

2020年(令和2年)12月21日は『冬至の日』で北半球では太陽が出ている時間(日照時間)が一番短い時間でした。

 

 

 

 

夏至の日』と比べるとその差は約6時間も日照時間が違うのです。

 

 

 

 

そんな日に約400年ぶりに土星木星の急接近が天文学の分野で話題になりました。

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(↑上図は福井新聞オンラインから引用)

 

 

そして、スピリチュアルの世界でも翌日、12月22日から時代が変わると言われています。

 

 

 

 

 

 

 

それが…。

 

 

 

 

 

『土の時代』から『風の時代』

 

 

 

 

への変動です。

 

 

 

 

これは約250年ぶりの転換期になります。

 

 

 

 

『土の時代』とは字からも想像できるように、土地などの物やお金・地位や権力・そして所有といったものになります。

 

 

 

 

いわば、『産業革命』以降、現代までの社会における組織システム。

 

 

 

権力のあるものが土地を所有し、そこでさらなる利益を得えていた時代です。

 

 

 

 

 

そして、『風の時代』とはこれも字を読んで想像出来るように、目には見えないけれども、感じ取ることが大事な時代へとシフトチェンジしていくのです。

 

 

 

 

目には見えないとは、知識や情報・人脈や友情・またネットワークなどの共有と『個の時代』になっていきます。

 

 

 

 

 

こうした時代の転換期は、みなさんも少しずつではありますが感じ取ることができないでしょうか?

 

 

 

 

例えば、今までは上司から部下に対して、新年会や忘年会の参加の強要、取引先での接待など。

あまり乗り気じゃないけど、仕方が無いと感じていた方も多いかと思います。

 

 

 

 

しかし、SNSYouTubeなどネットワークを駆使した、自分が好きなものに参加するという形がドンドンと当たり前になり、むしろ「縦の繋がり=組織」よりも、「横の繋がり=個」になりつつあります。

 

 

 

 

10年前まででは、考えられない環境へと変化しているのが少なからず、実感できると思います。

 

 

 

 

さらに、今年になり新型コロナウィルスの影響でそれが拍車をかけ、例えばリモート◯◯など現場に行くことや外に出ることも制限されるようになった一方で、自宅でカラダを動かしたり、動画配信サービスを利用したり、また副業をはじめたりと、全ての人が少しずつ『個の時代』へと歩み始めました。

 

 

 

 

まさに、『新時代の到来!』

 

 

 

 

そうです。

 

 

 

 

『New  World  Order=新世界秩序』

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この言葉は、あの『世界皇帝』とも呼ばれていた『ディビッド・ロックフェラー』も使った言葉であり、他にも元アメリカ大統領、元イギリス首相、ノーベル賞平和賞を受賞した人物、そして次期アメリカ大統領候補までもが使用したことがある言葉なのです。

 

 

 

 

 

去年末から今年のはじめ、この転換期を直前にしての全世界での新型コロナウィルスによるパンデミック

 

 

 

 

そして、各国での『緊急事態宣言』などで自粛。

 

 

 

その間、全世界の人々がそれぞれ趣味に打ち込める時間が出来、そこでのカラダを動かしたトレーニングや副業など『個』を磨くことに目を向けることがおのずと増えた年になりました。

 

 

 

 

果たしてこれは偶然なのでしょうか、はたまたすでにこうなることを見越していた必然なのでしょか。

 

 

 

どちらにしても、手と手を繋ぎ『個』というものを尊重し、前向きに生き抜くことが大切ですね。

 

 

 

 

 

そして、こと我が国『日本』ではつい2年前まで12月23日は祝日でした。

 

 

 

 

 

その祝日とは。

 

 

 

 

天皇誕生日

 

 

 

 

現『上皇陛下』、正確には『太上天皇(だいじょうてんのう)』の誕生日になります。

 

 

 

 

 

 

 

『平成』という時代から、『令和』という時代へと変わりました。

 

 

 

 

私たち『日本人』にとってはまだまだ記憶に残っており、またこの時から『新時代』へと突入に、まだまだ始まったばかりです。

 

 

 

 

 

そう。

 

 

 

 

いわば、『新時代』への先駆者なのです。

 

 

 

 

 

そして、『クリスマス・イブ』・『クリスマス』と続きます。

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さらにはその後に『年末年始』と。

 

 

 

 

 

ビックイベントが続き、これまでではあまり考えられなかった生活スタイルにどう順応していくか、そして『新時代』を生きていくかが、いま試されているのかも知れません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年 冬至

今年、2020年の『冬至』は12月21日になります。

 

 

 

冬至』とは太陽の日照時間が一年で最も少ない日になっていますが、逆に言うと翌日からは『夏至』に向けて少しずつ、日照時間が延びていくことから『一陽来復(いちようらいふく)』と呼ばれ、運気の上昇など縁起の良い日となっています。

 

 

 

 

そして、そんな縁起の良い『一陽来復』の御守りを毎年、『冬至の日』から翌年の『節分の日』まで授与できる神社もあるので、機会があれば是非手にいれたいですね。

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東京では、早稲田にある『穴八幡宮(あなはちまんぐう)』という神社が有名です。

 

 

 

 

 

『穴八幡宮』の御祭神は『八幡神応神天皇』となっています。

 

 

 

これは、『鎌倉幕府』の初代将軍である「源頼朝」の7代前の祖先である「源義家八幡太郎」が、東北からの帰還の際に、武家のあいだで『武運の神様』として崇敬されていた『八幡神』をこの地に祀り、それとともに兜と太刀を奉納したことが起源だと伝わっています。

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少し話はそれますが「源義家」の子孫にはのちに『室町幕府』の初代将軍・「足利尊氏」や、戦国時代最強と畏れられた「甲斐の虎・武田信玄」なども子孫にいます。

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江戸時代に入ると、神社の拡張のための作業中に穴を見つけ、その中で金銅の『阿弥陀如来像』が見つかり、これを皆が「めでたい、めでたい‼︎」と喜んだことからそれ以降、『穴八幡宮』と呼ばれるようになっていきました。

 

 

 

 

 

 

さらに不思議なことが度々起きる神社だと耳にした三大将軍・徳川家光から『江戸城北の総鎮護』と命じられ、将軍家祈願所となったことによって、それが江戸庶民にも広まっていくようになり、江戸屈指の人気の神社へとなっていったのです。

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未だに参拝者が多いのは、そういったところもあるのでしょうね。

 

 

 

 

 

 

私は、個人的にも学生時代、この近くの大学に通っていたこともあり毎年、御守りを授かりに参拝しているのですが、平日というのに2時間程度並ばなければ行けないのには毎回驚かせられます。

 

 

 

 

また、隣接している『放生寺(ほうじょうじ)』は創設時から徳川将軍家から厚い信仰をうけつおり、『葵の御紋(徳川将軍家の家紋)』が許された由緒ある寺院になります。

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明治時代の『神仏分離令』以前までは、同じ敷地内にあったことから、『放生寺』のほうでも、同じような御守りが授与できます。

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ただ、こちらの寺院の本尊が『聖観音菩薩(せいかんのんぼさつ)』になっており、観音さまに拝むときに唱える『観音経』に『福聚海無量(あつむること海のごとく無量なり)』というところから『福』をとり、『一陽来福』になっています。

 

 

 

 

 

どちらも、冬至・大晦日・節分の日の深夜0時にその年の『恵方』に向けて御守りを貼ります。

 

 

 

 

 

令和3年の『恵方』は真南からやや東になりますので、家族が集まる場所の中央に方位磁石を置き、『恵方』を見るように貼りつけます。

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(↑上図は放生寺ホームページより参照。)

 

 

 

 

 

 

さて、『冬至の日』は「ゆず湯」に入る風習があります。

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これは江戸時代からの風習で、もともとは銭湯の客寄せのために始まったものでした。

 

 

 

 

現代みたい毎日お風呂に入ることのできない江戸の庶民たちはこの日に銭湯に行き、汚れ(厄払い)を落として、病気や怪我にならなず新年を迎えるための『禊ぎ』のような役割だったんですね。

 

 

 

 

また、冬の柚子の香りは強いために邪気を祓うという俗説もあるのですが、実は効能も「血行促進・美肌効果」など、冬を乗り切るためには大切な、先人たちの知恵をかりたものだったのです。

 

 

 

 

他にも、『冬至の日』には「ん」のつく食べ物

が良いとされており、「南瓜(なんきん=かぼちゃ)・うんどん(うどん)・蓮根(れんこん)・寒天(かんてん)・銀杏(ぎんなん)・人参(にんじん)・金柑(きんかん)」は『冬至の七草』と呼ばれています。

 

 

 

 

 

 

これは「ん」が2つつくことから『運』がたくさんつくと言われたからとなっています。

 

 

 

 

その他にも邪気を払う「小豆」や「こんにゃく」を食べる風習もあり、ここから新年にむけての厄払い・運気上昇という意味が現代でも、風習として続いているんですね。

 

 

 

 

 

今年の『冬至の日』は月曜で平日です。

 

 

 

 

世界中でパンデミックを引き起こした新型コロナウィルスに打ち勝つためにも、家族と一緒にこのような『冬至の日』の風習を楽しむことも

良いのかもしれませんね。