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世界最古の国『日本』

#神社仏閣#歴史#都市伝説#グルメなどに関することを書いています。ここに記載するすべて記事の引用素材は誹謗中傷を目的としたものでは無く、著作権を侵害する目的で作成したものではありません。

金座・銀座

2024年に『新紙幣』に移り変わるに際して、すべてのデザインが変更となります。

 

 

 

さらに昨今の世界情勢から『日本』でもその影響を受けて、『総務省』は消費者物価指数を前年度の3.9%上昇したと発表しました。

 

 

 

 

これは、毎月30万を使っている家庭では、1万1700円がプラスになり、合計で31万1700円が毎月の支出となる計算になります。

 

 

 

 

 

岸田首相は1月5日に開かれた『経済3団体』の新年祝賀会に出席し、今年の春闘について、物価高などを踏まえて、「(賃上げは)成長と分配の好循環の中核だ。能力に見合った賃上げこそが企業の競争力に直結する時代だ。」と強調し、経営者らに物価上昇率を越える『5%』程度の『賃金アップ』を求めました。

 

 

 

 

5%アップとすると、仮に毎月30万であれば1万5000円アップし、

1万5000(円)−1万1700(円)=月+3300円

年間3300×12=3万9600円アップが見込めます。

 

 

 

 

では、一体『江戸時代』の賃金はどうだったのかお分かりでしょうか?

 

 

 

 

基本的には『武家社会』の『江戸時代』。

 

 

 

武士の給料は米(石高)で支払われます。

 

 

 

ただ、米(石高)では商品を買うことが出来ないので、1石高=1両で交換されていました。

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(上記は『慶長小判』より引用。)

 

 

 

これがいわゆる『小判』と言われるものです。

 

 

 

『金貨』の単位は、1両=4分=16朱となっており、『銀貨』60匁・『銭貨』4000文で1両小判と交換が出来ます。

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(上記は『野村ホールディングス』『日本経済新聞』運営『man@bow』より引用。)

 

 

 

 

ただし、『江戸時代』は基本的に『金貨』・『銀貨』・『銭貨』はその身分によって使い分けられていました。

 

 

 

『大判』→大名や朝廷などの贈答品

 

 

『小判(金貨)』→上・中級武士(大名や家老なども含む)

 

 

 

『銀貨』→下級武士・商人

 

 

 

『銭貨』→町民・農民など。

 

 

 

 

今も昔も『金』の数は、限られていたのでやっぱり身分の高い者しか使えなかったんですね。

 

 

 

 

『銀貨』もその数は限られていたので、下級武士たちや商人の間でよく使われており、特に『天下の台所』と呼ばれた『大坂』を中心とした西国が主流で使われていました。

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(上記は『菱垣新綿番船川口出帆之図「なにわの海の時空間展示総合図録」より引用。)

 

 

 

 

逆に『金貨』は『江戸』を中心とした東国で使われていたんですね。

 

 

 

『銭貨』は銅や真鍮製が多く、価値も高くないことからその他の町民・農民などに使われてたんですね。

 

 

 

 

と、ここまで『金貨』・『銀貨』・『銭貨』の使用区分を説明しましたが、これを鋳造し発行・管理している場所があります。

 

 

 

 

それが『金座』や『銀座』です。

 

 

 

『銭貨』は『金座』・『銀座』両方での鋳造となりました。

 

 

 

 

言わずもがな、『金貨』は『金座』で『銀貨』は『銀座』で鋳造。

 

 

 

そして、『江戸市中』においての『金座』は、現在の『日本銀行本店』がある場所です。

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(上記は『Googleマップ』より引用。)

 

 

 

 

日本銀行本店』は『明治』になってから建築されたものであり、上空から見ると『円』と言う形になっていると言う都市伝説があります。

 

 

 

 

実際はこの時期の『円』の表記は『圓』と書いているので、たまたまこのような形になったんですね。

 

 

 

そして『圓』から『円』になったのも戦後、『GHQ』の指示のもと。

 

 

 

これは字を簡略化にすることによって、全てにおいての『やる気』や『活(勝)力』を失わせる目的があります。

 

 

 

 

そうすることで、『日本人』特有の感覚や感性を失わせ、二度と『アメリカ』に歯向かわないようにしたと言う都市伝説があるのです。

 

 

 

 

他にも『氣』→『気』になったり、『壱』→『一』になったりね。

 

 

 

なぜなら、簡単にしてしまえば、勉強をしなくなり、より勉強をしなくなるから。

 

 

 

勉強をしなければ、優れた技術を生み出す力も衰え、国力が弱まります。

 

 

 

 

だからこそ、現在の学校では簡略化された字を習い、英語の授業も、英会話中心ではなく、文法中心に教えてるんですよ。

 

 

 

 

これも『戦後教育』のひとつの闇ですね。

 

 

 

 

話は戻りまして、『金座』の跡地である現在の『日本銀行本店』周辺には地方銀行や『東京証券取引所』と言う、まさに『金融』が集結しているのも、『金座』=『金貨』を扱っていた場所と言う証明になっています。

 

 

 

 

逆に『銀座』の跡地は現在の『ティファニー銀座本店』がある場所。

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(上記は『銀座発祥の地』より引用。)

 

 

 

こちらは現在では、海外ブランドの本店やデパートなど商業施設が立ち並ぶ景色となっています。

 

 

 

商人が『銀貨』を使っていたと言う観点から見ても、その歴史を商業施設から観ても垣間見ることが出来る場所となっているのが、どちらも面白いですね。

 

 

 

 

最後に、『金座』があった場所に『日本銀行本店』が現在はありますが、何故『金行』では無く『銀行』になったか?

 

 

 

 

その答えは、『日本銀行本店』を建築した時の『明治時代』に『金』より『銀』の方が流通しており、そちらの方が親しみがあるのと、『金行』より『銀行』の方が言いやすかったからです。

 

 

 

余談ですが、全国にある『〇〇銀座』と言うのも、その一画が商業施設が立ち並び栄えていたから、本場『銀座』にあやかって名付けられたものなんですよ。

 

 

 

そう言う土地の歴史を知る上でも、地名から見るとまた新しい発見に出会えるかも知れませんね。

 

 

 

 

廃れたとしても…。

 

 

 

 

それが『日本』の、その土地の歴史ですから!