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世界最古の国『日本』

#神社仏閣#歴史#都市伝説#グルメなどに関することを書いています。ここに記載するすべて記事の引用素材は誹謗中傷を目的としたものでは無く、著作権を侵害する目的で作成したものではありません。

あんばさま

前回は『大杉神社(あんばさま)』の主祭神である『大物主大神(おおものぬしのおおかみ)』などについてお伝えしましたが、今回はほかにもたくさんの見所があり、『あんばさま』と親しまれている『大杉神社』について、お伝えしたいと思います。

 

 

 

『大杉神社』は律令制以前の古来から、この地の最も重要な神社とされていたとともに、巨大な杉の木が、『日本』で2番目に大きな湖である『霞ヶ浦』での漁師たちの守護神として信仰さており、さらには航路標識の役割も果たしていました。

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この大きな杉の木から『大杉神社』と呼ばれるようになったのとともに、当時の漁師たちにとっては重要なものだったんですね。

 

 

 

 

そして、この地が古来から「安婆之嶋」と呼ばれておりそこから、親しみをこめた信仰の対象として『あんばさま』と呼ばれるようになっていきました。

 

 

 

 

ちなみに、現在もこの神社の住所は茨城県稲敷市阿波(あば)となっているところからも、容易に想像ができます。

 

 

 

 

 

その後、平安時代に入り『国家安寧』のために『延暦寺』が『最澄』作である「四魔降伏の不動明王」を『大杉大明神』とともに鎮斎(神様を奉る)、さらに天竺からきた『弥勒菩薩』像を安置に本尊として、『安隠寺』を創建しました。

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のちに『国家安寧』の祈祷による功として、『安隠寺』の境内に『大杉大明神』の社殿が作られましたが、いつしか寺と神社の崇敬(あがめる対象)が逆転していき、『大杉神社』の方が主となっていきました。

 

 

 

 

 

そして時は流れ、戦国時代を引き起こすきっかけとなった、『応仁の乱』では一度、神領を取られてしまいますが、のちに『江戸幕府』になったら際に再興します。

 

 

 

 

そのきっかけとなったのが『徳川家康』の側近としてのブレーンであった僧、『天海』です。

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『天海』は江戸城を中心に『陰陽道』を取り入れて町を都市開発していき、鬼門(北東)に『神田明神』・『寛永寺』、裏鬼門(南西)に『山王日枝神社』・『増上寺』を鎮護させた人物です。

 

 

 

 

 

そんな『天海』がまだ『江戸幕府』開府まえに『大杉神社』近くの『江戸崎不動尊』(のちに『天台宗』の学問所である『関東八檀林』)で住職をしていた頃、この周辺では大変なかんばつに見舞われていました。

 

 

 

 

 

そうした中、『天海』は人々の願いを受け雨乞いをしたところ、雷がなり始めこの地を救ったという逸話があり、この関係から開府後に『寛永寺』の支配下に置かれ、『日光山輪王寺』の所属寺院となり、さらに『天海』自信も『安隠寺』の住職となりました。

 

 

 

 

また、『大杉神社』は『江戸城』から鬼門の位置にあることから鬼門守護社となり、これにより安堵を許されるようになったのです。

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また、『天海』との関係から『茨城県日光東照宮』とも呼ばれている『大杉神社』ですが、それを思わせるような見事な装飾になっています。

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そして『大杉神社』の参拝方法が少し変わっていて、他ではあまり無い作法があるんです。

 

 

 

 

 

その作法のやり方は、通常は御賽銭を賽銭箱に納めたあとに、「ニ礼、ニ拍手、一礼」の順序ですが、その前に賽銭箱のふちに『御種銭(おたねせん)』を置く作法になります。

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本社の方に銀の小判・摂社の方に金の小判を置き参拝するやり方は今までいくつも神社参拝した中でも、はじめての経験でした。

 

 

 

きっと、摂社の祭神である『大国主神命』は『七福神』の『大黒天』であり、財産や豊穣の神であるために、こうなったんでしょうね。

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『大黒さま』と『恵比寿さま』は二柱で一組になることが多く、『大黒さま』は五穀豊穰の農業の神様、『恵比寿さま』は大漁追福の漁業の神様として、商売の神様となっていますが、実は父子の関係となっており、『大杉神社』でも、この二柱が同じ神社に祀られています。

 

 

 

そのような関係性からか、他にもいたるところに『七福神』が祀られており毎月、1日・7日・15日・17日・27日に『七福神』御守が授与されています。

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そして、他の摂社も面白いのがあり、「縁結び・子授け」のあいおいさま『相生神社』などがあります。

 

 

 

この神社は、ご利益からも分かるように「縁結び・子授け」の神社ですが、その見た目は少し複雑な気持ちになってしまうほどの見た目なのです。

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ここまではっきりしていると逆に笑ってしまいましたね。

 

 

 

 

また、出世にご利益がある『稲荷神社』は京都にある『伏見稲荷神社』を彷彿とさせるように、たくさんの鳥居がありました。

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そして、前回もお伝えした競馬や賭け事にご利益があると言う『勝馬神社』。

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ここで御参りしたおかげで先週の『ジャパンカップ』は見事に当たりました。

 

 

 

 

とは言っても、一番人気だったので当たって当然なんですがね。笑

 

 

 

 

このように、たくさんの見所がある茨城県の『大杉神社』。

 

 

 

 

 

いまは不要不急の外出は控えていますが、いつかまた御礼参りとして、参拝しに行きたいですね。