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世界最古の国『日本』

神社仏閣 旅行 グルメ 日本神話 歴史 都市伝説にまつわる事を書いています。是非ご覧ください。

関西と関東の味

2021年(令和3年)1月も早、半月が過ぎようとしていますが、「緊急事態宣言」が発令され、全国の大都市では、いよいよ本格的に外出自粛モードとなってしまいました。

 

 

 

そんな中での、大寒波が『日本』全土を襲い、日本海側では大雪が、東京都でも初雪が観測されるなどで、自然と「巣籠もり生活」になっている方も多いと思います。

 

 

 

 

 

 

また、去年から家庭で料理をする機会が増えたなんて方も多いのではないでしょうか?

 

 

 

 

 

「家庭の味」も、それぞれ味付けが違っており

夫婦ではどちらの味に合わせるなどがあり、『日本』の歴史や文化に触れることが出来る一番身近なものですよね!

 

 

 

 

 

特に、この時期によく食べられる「雑煮」などは各地域で味付けが全く違ったりするので、そこで新たな発見もできる面白いものになっています。

 

 

 

 

 

京都府などは「ダシ」に「白味噌」を使ったものだったりとなりますが、実は「関東」と「関西」ではこの「ダシ」自体が違うというのをご存知でしょうか?

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(↑上図は左側:京都府  右側:東京都)

 

 

 

 

 

 

と言うのも、『日本』の食文化は江戸幕府が始まる前までは関西、特に京都を中心として発展していきました。

 

 

 

 

 

そして、「ダシ」に欠かせない「鰹節」と「昆布」。

 

 

 

 

京都は「商人の町」とも言われいる「大坂(堺)」からも、ほど近い場所に位置していた事もあり、「昆布」・「鰹節」が比較的手に入りやすいものでした。

 

 

 

 

 

逆に江戸は「大坂(堺)」からは遠く、「昆布」も「鰹節」も手に入れにくいので、京都で使うものよりも、より一層乾燥をさせて保存の効くものを扱うようになりました。

 

 

 

 

だから、京都の方はまだ水分も残っている「荒節」を使い、江戸は水分がほとんどなく、カビの生えた「枯れ節」を使ったんですね。

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(↑上段 : 荒節   下段 : 枯れ節)

 

 

 

 

そんな熟成の違いから味の違いもあり、「荒節」は口にしたときに香りと魚っぽさはありますが、風味はインパクトはあるが、スッと消えていく味わいになるために、「昆布」や「煮干し」と一緒に「一番ダシ」として使うと相乗効果で良い旨味になり、「煮物」などにも適しています。

 

 

 

 

 

 

 

「枯れ節」の方はそれとは逆に、魚っぽさはそれほどなく、風味はスッキリしているが、口の中で最後まで味わいが残るため、「お吸い物」など、香りを楽しむものに適しています。

 

 

 

 

 

 

とこのように、関西では特に「ダシ」と使わられ、関東では料亭などの高級感のある「おつゆ」に使われてることが多いことから、関西では「おダシさん」・関東では「おつゆ」と呼ばれるようになったんですね。

 

 

 

 

 

 

また、関西は先述であげたように「昆布」が手に入りやすい環境だったので、「薄口醤油」などで「ダシ」本来の味を引き立てさせる味付けとなりました。

 

 

 

 

 

それとは逆に関東は「昆布」が手に入りにくかったので、江戸前など近海で採れた魚などで代用していたが、それだけでは薄味になってしまうので、「濃口醤油」などでしっかりとした味付けになっていきました。

 

 

 

 

 

 

関西は「公家」や「商人」の町で、見た目や華やかさを大事にしていた生活です。

 

 

 

仕事内容も、屋敷の中が中心になることが多いため、仕事中お日様に当たることも無いため、肌も色白。

 

 

 

そういった所からも、「おダシ」の色も白い方が好まれていたんでしょうね。

 

 

 

 

 

それとは逆に関東では、江戸の街を拡大していくために全国から職人たちが多く集まっています。

 

 

 

 

仕事内容も、外での仕事が中心で肌も色黒になり、汗もたくさんかきます。

 

 

 

そういったところから、塩分の補給のためもあり、色の濃い「おつゆ」が好まれていったんです。

 

 

 

 

 

そして、江戸の町人のソウルフードである「江戸前寿司」・「そば」・「天婦羅」。

 

 

 

 

 

 

なかでも「天婦羅」も関西と関東では違うのをご存知ですか?

 

 

 

 

 

もともと「天婦羅」は『オランダ』からの輸入品でしたが、それを「徳川家康」の大好物だったんですね。

 

 

 

 

そして、江戸と言う土地がらから、江戸前ではたくさんの魚介類が採れました。

 

 

 

 

ただそのまま揚げると生臭いので、その生臭さを消すために「ごま油」で揚げるようになったのです。

 

 

 

また、関東では衣も「小麦粉」と「卵」を使用していますが、「卵」は『子孫繁栄』の意味を持っています。

 

 

 

 

江戸は武家の町。

 

 

 

武士の本業は家系を守り抜くことです。

 

 

 

 

そう言った意味から武家、そして町人に広まっていき、現在でも大人気な「江戸前 天婦羅」が定着していったのです。

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江戸時代は火事の防止から屋台で振われることが一般的だった「天婦羅」。

 

 

 

 

揚げたて熱々の「天婦羅」を色の濃い「天つゆ」につけて外で食べるのなんかは、当時の人々にとっては至福の時だったんでしょうね。

 

 

 

 

 

その後、江戸が東京へと名称が変わりますが、依然として東京では「江戸前 天婦羅」が主流でした。

 

 

 

 

 

そんな中ある大事件が起きます。

 

 

 

 

 

それが。

 

 

 

 

関東大震災

 

 

 

 

この震災の影響で東京など、関東圏は壊滅状態になってしまいました。

 

 

 

 

そこで、「江戸前 天婦羅」の職人たちは東京の次に大都市である京都や大坂などの関西に行き、新たに商売を始めるようになったんです。

 

 

 

 

ただ、関西地方では素材を活かしたさっぱりとした味わいの方が好まれいるのと、もともと「京野菜」や「塩」名産品となっていたことから、「小麦粉」のみで「大豆油(サラダ油)」で揚げた「天婦羅」に「塩」を振って食べるようになっていったのです。

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「はっ、かっ、たのー塩っ!」

 

 

 

 

などCMでも有名ですもんね。

 

 

 

 

 

その後、東京など関東圏の復興により、帰ってきた天婦羅職人たちと、関西地方からの新参者の天婦羅職人たちによって、東京でも「天婦羅」に「塩」を振った食べ方が広まっていったんです。

 

 

 

 

 

やはり、食文化(歴史)とは面白いですね。

 

 

 

このように、食文化(歴史)を学びながら料理や食事をし、ストレスのかからない生活を楽しんでいきたいですね!