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世界最古の国『日本』

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新撰組 その①

新撰組と聞いて、皆さんはどうお思いでしょうか?

 

 

賛否両論ありますが、個人的にはすごい好きなんですね!

 

 

何しろ、格好良い!

 

 

漫画やアニメ、映画など様々な作品に取り上げられたりとありますが、いまも尚根強い人気を誇っています。

 

 

私が最初に『新撰組』に触れたのは漫画で、そこに一番隊隊長である「沖田 総司」でした。

 

 

 

格好良い!

 

 

単純に思いましたね!

 

 

 

その後に触れたのは高校1年になった時に友人の家に遊びに行った時でした。

 

 

そこがまさかの「局長 近藤 勇」の生家がある場所だったんです。

 

 

そして、私は学生時代に剣道をやっていたのですが、当時めちゃくちゃ強い学校があったんです。

 

 

その学校が「近藤 勇」の生家にほど近くにあったんです。

 

 

 

その時に思いましたね。

 

 

「そりゃあ、強いわ!」

 

 

 

その後、大河ドラマにもなり、更に好き度がアップしていくのですが、この大河ドラマはいつ観ても泣けるんですよね。

 

 

 

もう、後半は毎回泣けます。

 

 

 

そんな思い入れのある『新撰組』ですが、まず始めに何故『新撰組』が出来たを説明すると、「清河 八郎(きよかわ はちろう)」という人物が14代将軍・徳川家茂の上洛(京都に行く事)にともない、将軍警護の名目で浪士たちを集めたのがきっかけになります。

 

 

 

 

この清河 八郎と言う人物が実はすごい人物で、庄内藩出身の郷士なのですが、江戸に出て学問を学び、その才能を認められ塾頭にまで命じられますが、それを拒否し違う塾に移ってしまうんです。

 

そんな傍、塾の同輩に誘われ「千葉 周作(ちば しゅうさく)」が開祖である北辰一刀流の「玄武館(げんぶかん)」で剣を磨き、免許皆伝を許されるほどにまでなりました。

 

 

 

この「玄武館」と言うのは『江戸三大道場』のひとつとして数えられる道場なので、いかに清河八郎の剣の腕前が凄かったかが、分かります。

 

 

 

その後、江戸幕府の学問所である『昌平坂学問所(しょうへいざかがくもんじょ)』で学び、

自ら「清河塾」を設て学問と剣を教えました。

 

 

そして、当時学問と剣を両方とも教える塾はこの「清河塾」のみだったと言うのだから、まさに文武両道の人物です。

 

 

 

そのような人物だったからこそ、江戸幕府も将軍警護の為に浪士たちを集める事を認め、そしてドンドンと時代が変化していったきっかけを作った人物と言っても過言ではありません。

 

 

 

さて、話は戻りまして『新撰組』になりますが、のちの局長になる「近藤 勇」のもとへ剣豪達が、たくさん集まってきます。

 

 

当時は小さな道場であった天然理心流の道場『試衛館』で日々、四代目宗家として剣術の稽古をしていた近藤勇ですが、よく出稽古に八王子や日野、調布などに行っていました。

 

 

 

そこで知り合ったのがのちの「鬼の副長」として恐れられる「土方 歳三」などです。

 

 

 

そして、面白いのが四代目就任のお披露目試合をやった場所と言うのが『大国魂神社(おおくにたまじんじゃ)』なんですね!

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(↑上記の画像は酉の市の大国魂神社です。)

 

 

こんなところにまで、大国魂神社は出てくるんです。本当に多摩地区の人々に愛されている神社と言うのが分かりますね!

 

 

 

その後、のちに新撰組の中心人物達が続々と近藤勇の元に集まってくるわけですが、ほとんどが「食客(しょっかく)」と言うかたちからでした。

この食客と言うのは、普段はただの居候のようなものですが、いざとなると命に変えても主人を守るものとされていて、そのような経緯で浪士組にみんな参加します

 

 

そのメンツと言うのが、

局長 近藤 勇

総長 山南 敬助

副長 土方 歳三

一番隊隊長 沖田 総司

二番隊隊長 永倉 新八

六番隊隊長 井上 源三郎

八番隊隊長 藤堂 平助

十番隊隊長 原田 左之助

 

の面々です。

 

この名前を聞いただけでも、私はワクワクしてしまいます。

 

 

さて、今回はここまでにしまして、次回は京に上るところから。