2026年の大河ドラマ『豊臣兄弟』も中盤に差し掛かり、いよいよ『織田信長』と『足利義昭』の対立が深まりを増してきています。
その中で、15代将軍は『公方様(くぼうさま)』と呼ばれています。
『公方様』とは一体、なんなのか?
答えは、その当時の最高権力者を意味する言葉=将軍のことなんです。
公(みんなの・公的な)と方(人・〜の方面)を足した言葉なんですね!
ただし、この呼び方は愛称・または敬称で、正式の称号としては『征夷大将軍=将軍』。
もっと言えば、『武家政権』における『公方様』とは呼び方で、『征夷大将軍』や役職ということになります。
さて、そんな『公方様』という呼称が一躍定着したのは『室町幕府』の3代将軍・『足利義満』から。

【出典:『足利義満』Wikipediaより。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%B3%E5%88%A9%E7%BE%A9%E6%BA%80
2026年4月30日利用。】
『金閣寺』や『室町幕府』と呼ばれるきっかけ、また足利一族の最盛期を迎えさせた人物です。

【出典:『金閣寺』公式ホームページより。
https://www.shokoku-ji.jp/kinkakuji/
2026年4月30日利用。】
以降、将軍家や鎌倉公方などの足利一族が世襲するようになりました。
その後、『江戸時代』に入ると『公方様』と言えば将軍というのが定着。
『犬公方』と言われた『徳川綱吉』や、『米公方』と言われた『徳川吉宗』が有名です。

【出典:『徳川綱吉』Wikipediaより。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E7%B6%B1%E5%90%89
2026年4月30日利用。】
ちなみに義満が『室町幕府』の最盛期を迎え、その直系である義昭が終焉を迎えさせると言うなんとも皮肉な関係…。
また、義昭の側近として『明智光秀』や『細川藤高』がこの時代によく登場しますが、元々『細川家』は『足利家』の分家。
だから親戚(血縁関係)なんですね!
そんな光秀の娘・『細川ガラシャ』と藤高の嫡男・『細川忠興』は現在でもはっきりと続く家系で、第79代内閣総理大臣の『細川護熙』は細川家19代目当主の直系子孫としても有名です。
また、その子孫は現在の『皇室』とも繋がっていくわけですが、明治時代より前の『天皇』への呼称は『帝(みかど)』・もしくは『天子様(てんしさま)』です。
色んな呼び方があったってことですね!
これからはもっと注意して聞いてみると、こっちが将軍、こっちが『天皇』などと少し分かりやすくなるかも知れませんよ!