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『世界最古の国』日本

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さつまいも

9月に入り、途端に夏の暑さもどこかへ吹っ飛ぶ季節になってきましたが、まだまだ安定した気温とはいかないので、体調管理がむずかしいですね。

 

 

 

 

 

さて、暦の上ではもう『秋』の中頃に近づいてきていますが、スーパーなどでは『初物』として、「さんま」など『秋の味覚』といわれるものを目にするようになりました。

 

 

 

 

 

 

「初物さんま」が1尾750円以上(税込)していたのには、さすがにビックリして手が出ませんでしたが、少しずつその値段も落ち着いてきているようですね。

 

 

 

 

 

 

『秋の味覚』と言えば、やはり「さんま」というのが『日本人』には根強いイメージなんですね。

 

 

 

 

 

そんな中で、『秋の味覚』のイメージ、第2位にランクインしたのが「さつまいも」。

 

 

 

 

 

この時期になると、場所によっては軽トラで「焼き芋」を販売している光景があり、古き良き昭和の時代を彷彿とさせます。

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(上記は『朝日新聞デジタル』より引用。)

 

 

 

 

また、「スウィートポテト」として数多の「スウィーツ」の材料として使われて、それを目当てに食事に行ったり、購入したりする方も多いと思います。

 

 

 

 

 

 

『イギリス』では、『エリザベス朝』時代にはすでにその美味しさから、国民にも好まれてたべられており、18世紀に「じゃがいも」が入ってきたことによって、甘くない方を「ポテト」、甘い「さつまいも」の方を「スウィートポテト」と呼ぶようになりました。

 

 

 

 

 

 

『イギリス』の伝統の喫茶風習である「アフタヌーンティー」でも、上流階級の貴族たちはこの時期になると「紅茶」と一緒に「スウィートポテト」を使ったお菓子を食べていたことが容易に想像出来ますね。

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(上記は『TRiP EDiTOR』「アフタヌーンティー」記事より引用。)

 

 

 

 

 

 

 

余談ですが、この『エリザベス朝』と「徳川家康」は深く関わりがあり、『大坂の陣』で当時最強の城で、『豊臣政権』のシンボルであった「大坂城」を崩壊させたのは、「イギリス製」の大砲だったことが分かっています。

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(上記は『大坂城天守閣』 大坂城保存より引用。)

 

 

 

 

 

 

そして、その証拠として「徳川家康」から「エリザベス女王」に贈った『葵の紋』入りの品が数々と保管されていることも、近年の調査で分かって来ました。

 

 

 

 

 

その「イギリス」の力を目の当たりにした『徳川政権』はその後、一部の外交以外は『鎖国』をして、『日本』を守ってきたという歴史に繋がってきたんですね。

 

 

 

 

 

 

話は「さつまいも」に戻しますが、漢字で書くと「薩摩芋」と書くだけあって、「薩摩藩」より「江戸幕府」に献上されることによって、全国に広まっていきました。

 

 

 

 

 

ただ、藩を挙げて推奨する「薩摩藩」以外は、耕作に不向きな土壌で、異常気象になったら簡単に飢饉になりかねない、食品生産力の低い土地に住む人々のあいだで広まっていきました。

 

 

 

 

 

それだけ、「さつまいも」の生命力が強いということですね。

 

 

 

 

 

実際に、『享保の飢饉』の時には、『西日本』を中心に大凶作になり、深刻な食料不足に陥りましたが、いち早く「さつまいも」の栽培を取り入れていた「伊予国大三島」周辺では、全く餓死者を出していないということから、その有能性を『天下(日本全国)』に知らしめることになりました。

 

 

 

 

 

 

このことにより、幕府も「さつまいも」の栽培をする様になっていき、同じころに「じゃがいも」の栽培も始まるようになっていきました。

 

 

 

 

 

今では名産品となっている「川越いも」も、「川越」の名主が栽培を広め、それを「川越藩主」が将軍に献上したことにより、評判となり広まっていきました。

 

 

 

 

 

 

1830年代までは、「蒸し芋」しか存在しておらず、江戸・小石川白山町で「十三里」と書いた「焼き芋」が大ヒット!

 

 

 

 

それ以来、現在でも「焼き芋」が主流となっていたんです。

 

 

 

 

 

 

でもこの「十三里」って一体どこから来ているか不思議ですよね。

 

 

 

 

 

実はこれ、「栗(九里)より(四里)美味い、さつまいも」という駄洒落から来ているんです。

 

 

 

 

九里+四里=十三里

 

 

 

 

江戸っ子の、粋な駄洒落から生まれたことばだったんですね。

 

 

 

 

 

ちなみに、江戸から「川越」が十三里の距離にあったということからも、江戸っ子たちの駄洒落センスには頭が下がります。

 

 

 

 

毎年10月13日には「川越いもの会」が制定した「さつまいもの日」になっていおり、それに合わせてさまざまイベントや、商品を出しているので、コロナ禍が落ち着いたら是非、足を運んでみたいですね。

 

 

 

 

 

 

 

また、「薩摩藩」領内であった現在の「鹿児島県」・「宮崎県」では、「さつまいも」のデンプンを糖に変えて作った「芋焼酎」が盛んに作られるようになりました。

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(上記は『霧島酒造株式会社』から引用。)

 

 

 

 

 

そして、今や「黒豚」と言えば、「鹿児島県」をイメージとなりますが、「かごしま黒豚」の定義が、飼育後期の飼料の20%を「さつまいも」を入れることとなっています。

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(上記は『とんかつ川久』から引用。)

 

 

 

 

 

余談ですが、幕末期の彦根藩主・大老井伊直弼」は、その美味しさから、代々、彦根藩は「将軍」に「牛肉」を献上していたのを、わざわざ中止させ、「薩摩藩」産の「黒豚」を献上させたと言う逸話も残っています。

 

 

 

 

 

 

甘い「さつまいも」を食べさせた「黒豚」の脂は脂身も甘くて、最高ですが「井伊直弼」もそれを分かっていたとなると、何か歴史の浪漫を感じますね。

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と、保存食でもあり、その甘さで『秋の味覚』で人気な「さつまいも」。

 

 

 

 

 

中々、外には出れませんがちょっとでも、この季節を体感してみてはいかがでしょうか。