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世界最古の国『日本』

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市谷亀岡八幡宮 時の鐘

今まで『石町』の時の鐘から『上野』・『浅草』と紹介してきましたが、今回は『市谷亀岡八幡宮神社』で鳴らしいていた『時の鐘』をお伝えしたいと思います。

 

 

 

 

この『市谷亀岡八幡宮』はもともと江戸城を築いた『太田道灌(おおたどうかん)』が城内に江戸城の「西」の守護神として、建立した神社になります。

 

 

 

 

そして、この神社は鎌倉の『鶴岡八幡宮』から分霊を祀りました。

 

 

 

と、ここで何故、鎌倉の『鶴岡八幡宮』から分霊したかと言うと、まず『太田道灌』が室町幕府武蔵国守護代であったことが最大の理由になります。

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八幡宮』とは第15代・天皇の『応神天皇』を祀っている神社で、数多くの武将たちに『八幡神』と呼ばれ、戦の神様として崇拝されていました。

 

 

 

 

 

そして、『鶴』に対して縁起のよい、『亀』として『亀岡八幡宮』と名付けました。

 

 

 

 

その後、豊臣政権時代に「徳川家康」が江戸に入城。

 

 

 

 

そして、江戸で幕府を開きます。

 

 

 

 

江戸城の外堀が完成した際に、現在の地である江戸城の西側に移転することによって、『江戸城 西の鎮護』として『市谷亀岡八幡宮』となっていきます。

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そして、この神社に『時の鐘』が設置されてからは数多くの民衆が訪れるようになり、それにともない例祭など江戸市内の「山の手地域」において江戸の名所として、大いに賑わいました。

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また、3代将軍・家光やその側室でのちの5代将軍・綱吉の母である「桂昌院(けいしょういん)」からも深い信仰を得ることによって、門前町も賑わい、境内では茶屋や人形瑠璃などの芝居小屋なども並ぶようになり、よりいっそう人々の信仰を集めるようになりました。

 

 

 

 

 

さて、「市ヶ谷」といえば幕末ファンではちょっとした有名なスポットがありますが、それが『試衛館跡』です。

 

 

 

『試衛館』とは幕末に幕府側として活躍した『新撰組』の局長、「近藤勇」以下、中心人物たちが自然と集まっていった『天然理心流』の道場ですが、『市谷亀岡八幡宮』からほど近い場所にあります。

 

 

 

 

 

 

また、面白いことにその近藤勇たちが上洛する際にはじめ集められ、「清河八郎」を筆頭とした『浪士組』を結成した場所が『伝通院(でんつういん)』になりますが、この場所は江戸城から見て、ほぼ真北に位置しています。

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そして、北のその先には初代将軍・家康が眠る『日光東照宮』が存在しています。

 

 

 

 

また、『伝通院』とは、家康の生母の法名でそこから院号をとりこの名前になりました。

 

 

 

 

さらに、将軍家の菩提寺として、『増上寺』『寛永時』と並び『江戸の三霊山』と称されるくらい権威のあった寺院になります。

 

 

 

 

『市谷亀岡八幡宮』の『時の鐘』を聞き、例祭などでは足を運び、そして将軍警護(江戸幕府)の為にと、志をもった近藤勇以下、試衛館の人たちの情景が目に浮かぶような気がします。