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TOTANの日記

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神社仏閣に引き寄せられvol.29

今回は5色不動尊のお話をしたいと思いますが、まずはじめにこの5色とは「黒・白・青・赤・黄」の5色で五行思想から来ていると伝えられていて、これは自然における四季の流れに例えられた思想です。

青は「春」、赤は「夏」、黄は「季節の移り変わり」、白は「秋」、黒は「冬」をそれぞれ象徴していて、ここから青春や朱夏などの言葉が生まれました。

とこのような背景から天海が江戸の守護として置き、特に目黒・目白・目赤不動尊は「江戸三大不動尊」とも呼ばれるくらい有名な場所になったのです。

また、その配置が五街道と関連づけられているほかに、この五色不動尊を結んだ線の内側が「江戸」になると言う都市伝説が残っています。

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さて、この5色6箇所にある「不動尊」ですが、前回も少し話した様に目黒不動尊がある場所は地名としても有名な目黒区の名前の由来にもなっているのですが正式名称は『瀧泉寺(りゅうせんじ)』と言う寺院で天台宗です。

上記の①の場所になります。

この瀧泉寺は天海の弟子の生順大僧正(大僧正とは僧侶の官位の中では最高位の地位)が寛永寺の子院(本寺院に付属する子寺院)、護国寺の末院(本寺院の支配下になる寺院)になり兼務すると3代将軍家光の擁護を受け、「目黒御殿」と呼ばれるほど豪華絢爛になりました。

また、「江戸の三富(残りの2つは湯島天満宮・谷中感応寺)」と呼ばれ、富くじ(今で言う宝くじ)が行われていましたが、天保の改革で中止になってしまいました。

江戸時代には行楽地として門前町が栄え、江戸の町を紹介している本である「江戸名所図会」にも、目黒飴屋(目黒の名物品)の風景が描かれており、かなり大きな店構えから見てもこの地が栄えていた事が分かります。

そして、この寺院の名前の由来にもなった独鈷(天台宗真言宗では仏具として使われており、古代インドでは武具として使われていた。)の滝があり、今もなお霊泉が湧き続けていて人々はそれをあやかりに参拝しています。この瀧泉寺は関東三十六不動尊霊場では第18番、江戸三十三箇所では33礼所になっています。

さらに瀧泉寺は都内最古の狛犬があったり、「日本三大不動尊(他の2つは成田不動尊、木原不動尊)」でもある事も含めて、今もなお多くの参拝者が訪れています。

と、ここでもう一度上記の地図を見てみると江戸城の裏鬼門に当たる場所でもあることから「厄除け」の御利益もあり、毎月8日・18日・28日には縁日が開かれいて、28日には露店も出ているので大いに盛り上がりますよ!

続いて地図の②の目青不動尊がある『最勝寺(さいしょうじ)』は今は世田谷区にあり、通称は「教学院(きょうがくいん)」と呼ばれいます。

この寺院は江戸城の紅葉山付近にはじめ建立されその後麹町貝塚、赤坂三分坂と移転を繰り返し、現在の場所に移転して来ました。

また、現在の六本木1丁目付近にあった観行寺が廃寺となったのに伴って、この寺院に移って来ました。現在は秘像となっており一般公開はされていませんが、目が青い所から天と地の連絡をしてくださると言われ、いつしか「縁結びの不動尊」として信仰を深めて行きました。

また、この寺院も寛永寺の末寺で天台宗になります。

そして、次は③の目白不動尊になりますが、ここは豊島区にある『金乗院(こんじょういん)』にあります。

宗派は真言宗で唐から帰ってきた空海羽黒山で修業をしている際に彫られたと伝わっており、その後3代将軍家光から「目白不動尊」と言う名を贈られ以後、この名前を名乗りました。

また、当時江戸市民たちに時間を告げる時の鐘として使われていたり、この地(目白や目白台)の名前の由来にもなりました。

現在では1月・5月・9月の28日の3日間だけご開帳されている秘像でもあります。

そして自分の身を切ってまで人々にご利益を与える事から「家内安全・病気平瘉」の不動尊として信仰を集めていきました。

さて、ここまで3色の不動尊をお伝えしてきましたが今のところ全て3代将軍・家光からの庇護があり関わって来ますね。また、前に書いた空海羽黒山も出て来て本当に引き寄せられているんだと実感しました。

次回は残り2色3寺をお伝えしたいと思いますので、お楽しみに‼︎