そんなこんなで二見興玉神社の二見岩の間から夏至の前後2週間は太陽が、冬至の前後2週間は月が出ると言うのと、日本一の富士山が見えると言うのが必然的に選ばれた場所だったのではないかと思ってしまうTOTAN です。
次に向かったのは古事記などでは天孫降臨の際に道案内役をしたサルタヒコを祀っている神社の猿田彦神社に行ってきました。
ここは伊勢神宮(内宮)の近くにあるにもかかわらず、全国各地にある猿田彦大神を祀る総本社では無いという不思議な神社で、猿田彦大神を祀る総本社は同じ三重県鈴鹿市にある椿大社と言う神社にあります。
また、この椿大社は全国一宮の一つにもなっている場所なんですが、宮司さんは内宮にある猿田彦神社の方がサルタヒコの末裔的には近いみたいですね。
これもまた不思議!
私の考えでは、末裔と言ってもいくつもあり、その直系は近くに置き、分家の筆頭格を山のある鈴鹿市の椿大社に置いた。そうすれば、海と山を攻略出来、内宮を守護出来ると考えたのではと…。そうする事によって政権を維持出来ると…。
そう考えると古代史と神社仏閣の関係は面白いですねぇ〜♫